Let's Enjoy Corydoras ! >> 愚考 >> フィラメントーサスについて

Let's Enjoy Corydoras !


コリドラス・フィラメントーサス(C. filamentosus Nijssen & Isbrucker, 1983)について

1. はじめに
 記載種だけでも150種に達する多種類のコリドラスのうち、未だ日本に輸入されたことのないコリドラスがいくらか存在する。こうした中で、一昨年にはスリナムからボエセマニーやプンクタータスなどの数種が初めて輸入され、昨年はワイツマニーもついに国内に初入荷した。個人的な嗜好では、残された未入荷の記載種のうち、ビファスキアータス、ボエルケイ、コペイ、ランベルティ、スリナメンシス、ゲオフロイなど、いつか実物を目にしたいと思うコリドラスがいくつかあげられるが、長らく待望されている種といえばスリナムのフィラメントーサスであろう。フィラメントーサスについては、かねてから国内外の一般アクアリウム誌等でその絵が紹介されることも多く、背鰭が極めて伸長した魅力的なコリドラスとして知られている。以下では、この夢のコリドラスについて、原記載論文の翻訳を掲載し、近年フィラメントーサスのタイプ産地から近い箇所で採集されたという"ロングノーズ・ボエセマニー"との比較を述べる。

広域図

2. コリドラス・フィラメントーサス(C. filamentosus)の原記載 (Nijssen and Isbrucker, 1983, p. 77)
(以下は文献4の仏語原文からの筆者和訳)



Corydoras filamentosus Nijssen & Isbrucker, 1983 holotype, USNM 225536


コリドラス・フィラメントーサス(C. filamentosus) 新種


語源
 フィラメントーサスは、背鰭の極めて長く伸びた軟条にちなんで、「糸」(thread)という意味を有するラテン語のフィルム(filum)に由来する。

検査個体:スリナム・ニッケリー(Nickerie)地区
 ホロタイプ USNM 225536、体長31.5mm。コランタイン(Corantijn)河流域、シサ(Sisa)川の支流。アマトポ(Amatopo)とキャンプロード(Camp Geologie Road)が交差する地点(北緯03度42分、西経57度42分)から約700m下流の北斜面。深さ0-1m。R. P. Vari博士らによる採集 (20-IX-1980)。
解説
 形態的な計測値と変異幅については別表I D, II Dに記載。
 烏口骨(註1)の部分には何もない。小さな三角形に突出した吻に2対のヒゲを持ち、頭蓋底の内側に1対の顎ヒゲが付く。胸鰭棘条の内側は鋸歯型を呈する。ホロタイプは、背鰭と脂鰭前方の間に硬化していない箇所が残る若魚である。
 アルコール保存状態の色彩(註2)。外皮の地色は黄色。吻端側面と上面は薄黄色。軟らかい腹側の地色は白色に近い。頭部から吻端側面と上面に暗茶色の斑点が散在する。鰓蓋の前方には細い茶色の縁があり、その縁の後ろにおいて鰓蓋部分は、後ろ側と上方を除いて、不規則な色彩である。擬鎖骨(註3)部分のとりわけ背中側は疎らに茶色である。体側中央には、茶色の太帯が下部第7鱗板から尾鰭の付け根まで伸びている。この帯の前方は不明瞭になり、小斑点が続く。上部鱗板には、太帯の上を除いて、多数の茶色い大小の斑点が不規則に並ぶ。下部鱗板には小斑点がわずかに入るだけである。背鰭第一棘条下側の鱗板には、黒い垂直なラインが入り、背鰭の根元に集中した黒斑とつながっている。背鰭の第一棘条に認められる黒色は、最初の2本の軟条から第3軟条までの膜にかけて太いバンドを形成し、第1軟条の先端まで続いている(第1軟条の長さは19.5mm。側面の最終鱗板よりも伸びている)。背鰭の残りの軟条と膜には暗茶色の小斑点がある。脂鰭の棘条は暗茶色の不規則な色彩で、その膜部には小斑点が入る。尾鰭は8本の細い縦線を除いて透明。胸鰭、腹鰭、尻鰭は薄茶色。
検討
 コリドラス・フィラメントーサスは、既知のコリドラスの種の中には特に類似したものがいないように思われる。C. セプテントリオナリス(Gosline, 1940)、C. オクトキルルス(Nijssen, 1970)、C. アマパエンシス(Nijssen, 1972)、C. ナルキッスス(Nijssen and Isbrucker, 1980)と同様に、「突出した吻」、すなわち、(小さな三角形をした)3対のヒゲのある吻を持っていることが共通する。
 コリドラス・フィラメントーサスは、「アクトゥス・グループ」(註4)に属する(Nijssen and Isbrucker 1980 : 215-218)。

訳者註記
註1 胸鰭を支える骨格の一つのこと。頭の下側。
註2 Planet Catfishでは、ホロタイプのカラー写真を見ることができる。indexページの右上にある「Cat-eLog」のタブから「Scientific Name」→「Callichthyidae」を選択し、開いたページのカタログから「Corydoras filamentosus」をクリック。
http://www.planetcatfish.com/catelog/callicht/corydora/1066_1.PHP
註3 胸鰭を支える骨格の一つのこと。鰓蓋の後方。
註4 Nijssen and Isbrucker, 1980, "A review of the genus Corydoras..."の論文において、彼らは既知の全94種(当時)のコリドラスを再検討し、「プンクタータス・グループ」(31種)、「バルバータス・グループ」(11種)、「アエネウス・グループ」(25種)、「エレガンス・グループ」(8種)、「アクトゥス・グループ」(19種)という分類を提案した。研究者の中でも彼らの功績は別格であり、数多くの論文を執筆して南米各地のコリドラスの新記載と再検討をおこなっている。


3. コリドラス・"ロングノーズ・ボエセマニー"について



 上掲の2枚の写真は、2003年冬にボエセマニーやプンクタータスと同時期に輸入された"ロングノーズ・ボエセマニー"と呼ばれるコリドラスである。もちろん学名ではなく、未記載種という扱いになろう。
 フィラメントーサスのタイプ産地からそう遠くない箇所で、ごく少数のみ採集されたという非常に珍しいコリドラスであり、筆者は幸運にも2004年秋に大阪の海遊館で開催された「世界のナマズ展」の展示(右上写真)と、2005年春に東京・二子玉川で開催された「世界の珍魚・珍獣展」(松坂實氏主催)の展示(左上写真)で、実物の姿を見る機会を得た。吻は同じくスリナム産のC. ヘテロモルフスと同様に短めに突出しているという特徴があるが、海遊館の水槽内で混泳されていたショートノーズのボエセマニーと比べて見た限り、底砂を掘る様子は紛れもなくロングノーズ・コリドラスのそれであるように思われた。

 「世界のナマズ展」と「世界の珍魚・珍獣展」でそれぞれ見た"ロングノーズ・ボエセマニー"は別個体であり、見たところどちらも、尾鰭を含めない体長は50mm前後であったと思われる。外皮の地色は黄白色で、吻端から頭部、背中全体に茶褐色の大小の斑点が散在する。上下の鱗板接合部に尾鰭の付け根から太い黒色のラインが入り、体側の途中で不明瞭になる。この太いラインの下側にはわずかに茶褐色の染みが入るだけである。頭部は全体的に茶褐色に見えるが、アイバンドは判然としない。背鰭の付け根に大きな黒斑があり、背鰭第1棘条から最初の軟条にかけて先端まで黒色になっている。左上写真の個体では、背鰭後半に黒色の小斑点がわずかに認められる。尾鰭には4〜5列の黒色のバンドが入るが、ショートノーズのボエセマニーの尾鰭において特徴的に認められる太バンドよりも明らかに細い。比較的小型のロングノーズ種のように思われるが、成体がどの程度まで大きくなるかは不明である。ショートノーズのボエセマニー(下の写真)は、体側中央の太いラインの他に目立った染みが少ない個体が多く、はっきりとしたアイバンドや尾鰭の太バンドなど、色彩的な乙張りが利いているが、これに対し"ロングノ−ズ・ボエセマニー"は、大小の斑点が頭部から体に不規則に入り、その他の特徴も合わせて全体的な印象を異にしている。





4. C. フィラメントーサスとC. "ロングノーズ・ボエセマニー"の比較
 海遊館で初めて"ロングノーズ・ボエセマニー"の実物を見たときの個人的な印象は、このコリドラスの背鰭を伸ばしたらフィラメントーサスに似ているのではないかというものであった。フィラメントーサスのホロタイプ標本のカラー写真については、以前から海外のPlanet Catfishというナマズ系大型サイトの中に掲載されているものを見たことがあったものの、実際に原記載論文を確認して、色彩や体型にどの程度の変異幅が認められているのかなどを知りたいという好奇心に駆られた理由がここにある。しかし残念なことに思惑は外れて、上で紹介した記載論文を読む限り、NijssenとIsbruckerらが検討をおこなった個体はホロタイプの1個体だけであり、しかも体長がまだ30mm程の若魚であったことが分かった。成魚へと成長する過程で体型のプロポーションが若干変動することが予想されるため、記載されているフィラメントーサスの各部計測値と、輸入された"ロングノーズ・ボエセマニー"を比較するには注意を要するが、短く突出した吻の形状は共通であり、全体的な体型は極めて近いように思われる。また、色彩的な特徴としても、ホロタイプ標本のカラー写真も参照する限り、体側中央に見られるバンドの太さや長さ、体に見られる不規則な大小の斑点、判然としないアイバンド、尾鰭の縞模様(バンドの本数は異なる)など、両者は非常に良く似ていると言って良いかもしれない。明らかな違いといえば、"ロングノーズ・ボエセマニー"では背鰭根元に大きな黒斑が入り、背鰭の黒色も第1棘条周りだけに集中している(フィラメントーサスのホロタイプでは背鰭前方に広く黒色が入る)ということがあげられ、これらの特徴はむしろショートノーズのボエセマニーに近い。一方、ロングノーズ種の中には若魚の時に伸長していた背鰭が、成長とともに次第に短くなるという場合があることが知られており(黒斑の入り方も変化するようである)、若魚の1個体のみを標本として記載されたフィラメントーサスの極めて長く伸びた背鰭が、成長に応じてどのように変化するのかという点について、疑問の余地を残すように思われる。


5. おわりに

 以上のように、フィラメントーサスと"ロングノーズ・ボエセマニー"は、体型的にも模様的にも非常に似通った特徴を示しており、疑問はあるものの総合的な観点では、フィラメントーサスと産地も近いという"ロングノーズ・ボエセマニー"を、仮にCorydoras sp. cf. filamentosusと表記しても良いのではないかと思われる(もちろんショートノーズの方のボエセマニーの模様とも似てなくはない… むしろ、混生するシパリウィニ(C. sipaliwini)のロングノーズタイプといった感じかもしれない…)。
 しかしながら、フィラメントーサスという種の最大の特徴と言える伸長した背鰭を等閑視することは、同種の学名の語源にも反するため、あくまで一般人である自分の憶測の内に留めておくことにしたい。現段階でさらに仔細な点を述べることはナンセンスであり、いつの日かこれぞフィラメントーサスの成魚であるという個体が、遙か遠く離れたスリナムで採集されて、日本に到着する日が来ることを期待してやまない…  

※魚類学者でもなんでもない一般の愛好家が、趣味の延長で書いていますので、専門用語ならびに仏語文献からの翻訳に誤りがあるであろうことをご容赦下さい。



主な参考文献
1. Nijssen, H. (1970) : "Revision of the Surinam catfishes of the genus Corydoras Lacepede, 1803 (Pisces, Siluriformes, Callichthyidae)", Beaufortia 18 (230), pp. 1-75.
2. Nijssen, H. and Isbrucker, I. J. H. (1967) : "Notes on the Guiana species of Corydoras Lacepede, 1803, with descriptions of seven new species and designation of a neotype for Corydoras punctatus (Bloch, 1794) (Pisces, Cypriniformes, Callichthyidae)", Zoologische Mededelingen 42 (5), pp. 21-50.
3. Nijssen, H. and Isbrucker, I. J. H. (1980) : "A review of the genus Corydoras Lacepede, 1803 (Pisces, Siluriformes, Callichthyidae)", Bijdragen tot de Dierkunde, 50 (1), pp. 190-220.
4. Nijssen, H. and Isbrucker, I. J. H. (1983) : "Sept esp-eces nouvelles de poissons-chats cuirasses du genre Corydoras Lacepede, 1803, de Guyane francaise, de Bolivie, d'Argentine, du Surinam et du Bresil (Pisces, Siluriformes, Callichthyidae)", Revue fr. Aquariol. Herptol. , 10 (3), pp. 73-82.
5. Seuss, W. (1993) : Corydoras. The most popular armoured catfishes of South America (translated from the German by K. Berold and B. Michaelis).
6. 小林圭介 (2004):『月刊アクアライフ』、2004年6月号、25, 30-31頁。

(2005年5月29日, TA)


 コリドラス・フィラメントーサスに関しては、その後、2006年5月上旬にスリナム共和国内のコランタイン河水系で採集されたというタイプが少数入荷しました(写真下)。実物を1尾だけ店頭で見ましたが、全長が約6cmあり、上記で憶測していたように、幼魚期の有名な個体標本のようには背ビレは伸長していませんでした(←飼育下で今後どのように変化するかは分かりません)。「ロングノーズ・ボエセマニー」として、上に紹介をしたタイプにも非常に良く似ていましたが、ノーズの長さ、背ビレ基部の黒斑、尾びれのバンドなど、細部に違いがあり、よりフィラメントーサスに近い特徴を持っていると言えます。
 フィラメントーサスのタイプ標本と比べると、今回の入荷個体については、背ビレ前縁(第3軟条まで)がタイプ標本のようにはっきりと黒色に染まっていないという点など若干の差違が認められましたが(←約3週間後に同一個体を見たところ、体色が濃くなり、背ビレ前縁がやや黒く染まり、先端が少しだけ伸長し始めていました。)、フィラメントーサスという種については、上記のように注意すべき点として、幼魚期のたった1尾の個体標本を基に記載されたという経緯がありますので(←このような記載の経緯で、曖昧なままになっている種は他にもいます)、比較可能な個体標本がタイプ産地周辺から多数集まることがあれば、今回の個体もフィラメントーサスのヴァリエーションの範囲内に収まるのではないかとも想像されます。(←今回の個体については、ある方から現在イスブリュッカー博士に鑑定を依頼中という話を聞いています。)とはいえ、この種に関しては、種(species)としての同種であるか否かという話とは別問題で、タイプ標本と同様の姿をした生きたフィラメントーサスをいつかは見てみたいですね。夢はまだ夢のままで…

(2006年5月28日加筆修正)



協力:B-BOXアクアリウム


※本記事については(追記の部分を除く)、以前に「コリドラス大好き!」というサイト↓にも掲載させていただきました。
http://www.nettaigyo.com/corydoras/info/column/filamentosus/index.html

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