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●演説中のヤジ排除「違法」判決―道警控訴 【道警ヤジ排除国賠訴訟事務局長・弁護士】 小野寺信勝

1 はじめに

 2019年7月に札幌市で安倍元首相に「安倍やめろ」「増税反対」などとヤジを飛ばした市民が警察官によって排除されました。排除された市民のうち2名が表現の自由の侵害などを理由に北海道(北海道警察)を相手に国家賠償請求訴訟を提起した裁判は、2022年3月25日に札幌地裁が北海道に88万円の賠償を命じる判決を言い渡しました。札幌地裁は道警が排除行為の根拠とした警職法は要件を欠くとしてほぼ全面的に道警の主張を一蹴し、さらに警察官の行為が憲法21条で保障される表現の自由の侵害と断じました。

 これに対して、道警は判決を不服として控訴し、現在(2023年1月時点)、控訴審で審理が続けられています。



2 札幌地裁判決

 道警は排除当初、マスコミの取材に「トラブル防止と公職選挙法の『選挙の自由妨害』違反になるおそれがある事案について、警察官が声掛けをした」とコメントをしていました(2019年7月17日朝日新聞)。
 ところが、その後、道警は法的根拠について選挙の自由妨害罪を持ち出すことはなく、「確認中」とのコメントを繰り返すようになり、排除からおよそ7ヶ月半も経って、警察官職務執行法4条及び5条に基づく措置だと説明し、一審でも同様の主張を展開していました。

 これに対して、札幌地裁は動画などを根拠に「生命若しくは身体」に危険を及ぼすおそれのある「危険な事態」にあったとか(警職法4条1項)、「犯罪がまさに行われようと」していた(同法5条)などということはできないとして、その主張を一蹴しました。

 また、裁判所はさらに排除行為は表現の自由の侵害だと認定しました。判決はただ表現の自由の侵害の有無を認定するのではなく、憲法21条が保障する表現の自由について、憲法の教科書のように、その重要性から解きほぐして詳細に説明していることに特徴があります。引用が少し長くなりますが以下のように言及しています。

 『主権が国民に属する民主制国家は、その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を表明するとともに、これらの情報を相互に受領することができ、その中から自由な意思をもって自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され、かかる課程を通じて国政が決定されることをその存立の基礎としている。

 したがって、憲法21条1項により保障される表現の自由は、立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって、民主主義社会を基礎付ける重要な権利であり、とりわけ公共的・政治的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならない。』

 このように表現の自由が民主主義にとって不可欠の重要な権利であると指摘したうえで、原告らのヤジも表現の自由で保障される表現行為であるとし、警察官らによる表現の自由の侵害を明確に認めました。

 原告らはいずれも「安倍やめろ」「増税反対」などと声を上げていたところ、これらは、その対象者を呼び捨てにするなど、いささか上品さに欠けるきらいはあるものの、いずれも公共的・政治的事項に関する表現行為であることは論を待たない。警察官らの行為は、原告らの表現行為の内容ないし態様が安倍総裁の街頭演説の場にそぐわないものと判断して、当該表現行為そのものを制限し、また制限しようとしたものと推認せざるを得ない。

 私たちは排除行為の違法性はある程度は認めることを予想していましたが、表現の自由まで言及することは期待していませんでした(「ヤジ排除は違法」という判決後に掲げる「旗」はあらかじめ準備していましたが、判決後に慌てて「違憲」という文言を手書きで書き加えることになりました)。裁判所も、路上で政権に異を唱える市民が、警察権力に有無を言わさず連行される、民主主義社会にあってはならない出来事に危機感を覚えたのではないでしょうか。

3 道警の控訴

 私たちは判決が出てすぐに、鈴木直道知事に控訴しないよう申し入れましたが(ちなみに鈴木知事は排除現場に居合わせていました)、北海道は控訴しました。控訴後は進行協議期日という非公開の手続きで進められていましたが、2022年12月より口頭弁論期日が開かれることになりました。

 ところで、道警は一審において「ヤフコメ」を多数証拠提出したことで失笑を買っていました。―「首相どうこうの問題ではなく、候補者の応援演説を静かに聴きたい聴衆の邪魔をするような人間は排除されて当たり前だろう」― ヤフコメといえば差別的な書き込みなどが問題視されています。道警はヤフコメを提出して道警を支持する意見があると、排除行為を正当化しようとしました。これに対して、原告(控訴審では被控訴人)の大杉さんは「道警はギャグセンスが高い」と苦笑していましたが、控訴審でも道警は再び失笑を買うことになりました。

 ヤジを飛ばした市民を排除しなければ安倍元首相などに危害が加えられたなどとして、大杉さん役を演じる警察官がコーンバーを振り回したり、ボールを投げつけるなどの想像に基づく「再現動画」を提出しました。

 また、大杉さんの身体を押した人物(自民党候補者の選挙事務所に所属する男性)が、大杉さんの身体を押す場面が映った動画を証拠提出し、大杉さんを排除しないことによって、大杉さんとその男性とトラブルになるおそれがあったと主張しました(暴力を振るった男性ではなく、暴力の被害者を排除したことは理解に苦しみますが、道警はこのように主張しています)。この男性は大杉さんに暴力を振るった加害者になるわけですが、道警は公訴時効の成立を待って証拠提出しました。
道警はこのような荒唐無稽の証拠提出をし、新たに多数の証人申請を行いましたが、裁判所は原審で証人として採用されたものの事情があって証言できなかった1名の警察官を除き、全ての証人申請を却下しました。

 そして、その警察官は原告の一人の桃井さんに付きまとい、桃井さんにヤジを飛ばさないように求める発言の中で「Win‐Winの関係になりたい」などと迷言を残した女性警察官です。証言では桃井さんの発言内容に着目して桃井さんに付きまとったことを認めるなど(道警は桃井さんを追従したのは、表現内容とは無関係と主張していました)、その意図がわからない尋問に終始しました。控訴審は本年3月7日に結審、判決は夏頃に出されることが見込まれます。控訴審の判決にもご注目ください。

4 参考資料

 裁判を支援する「ヤジポイの会」が、SNSやnoteで裁判報告や資料を公開しています。また、地元テレビ局のHBC(北海道放送)がこの問題を丹念に取材し『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に』というドキュメンタリー番組を放送し、YouTubeで公開しています。訴訟の経過等を追加取材し『ヤジと民主主義』として書籍化もされました。道警のヤジ排除はマスコミのカメラの前で堂々と行われながら、多くのマスコミは報道に及び腰になっていました。その中でHBCはこの問題にしつこく拘り、ヤジ排除が当たり前になった社会の行き着く先に警鐘を鳴らします。こちらもぜひ御覧ください。




関西共同行動ニュース No93