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アジア版 NATO への道を批判する 【山口大学名誉教授】 纐纈 厚

本年6月29日、スペインで開催されたNATO首脳会合に日本の首脳として初めて出席した岸田首相は、欧州とインド太平洋の安全保障が切り離せないとの認識を示し、ウクライナは明日の東アジアかもしれないという強い危機感を抱いていると述べた。そのうえで、日本は、本年末までに新たな国家安全保障戦略等を策定し、日本の防衛力を5年以内に抜本的に強化し、その裏付けとなる防衛費の相当な増額を確保する決意を表明した。そこでは日米同盟を新たな高みに引き上げながら、有志国・パートナーとの安全保障協力も強化していくとした。そしてNATOは日本の重要なパートナーであり、協力の一層の強化に取り組んでいく。新時代の日NATO協力の地平を開くため、日本及びNATO間での協力文書である「日本及びNATO国別パートナーシップ協力計画」(IPCP)を大幅にアップグレードする作業を加速化すると述べた。





以上の岸田首相発言は、日本の軍事安全保障戦略が日米二カ国間から日米豪印戦略対話(Quadrilateral Security Dialogue、通称クアッド)へと複数国間安全保障協定へ、さらにロシアのウクライナ侵攻を奇禍として、NATOへの接続を図る超多国間安全保障戦略への転換を図っている、と捉えることもできる。

だが、日本がアジア版NATO構築に前のめりになることに問題はないのか。NATO条約の第5条には加盟国への攻撃は全加盟国への攻撃とする集団防衛義務が規定されている。となれば日本が軍事行動の範囲が一気に拡大することを意味する。そのことは次の二つの点で大きな問題である。

第一に、言うまでもなく何よりも日本国憲法との関連である。何よりも非武装中立・非同盟をめざして平和憲法の基本があることだ。現実的には日米軍事同盟、クアッドなどにより骨抜き状態にあるが、平和憲法の原点に回帰すべきだとするのが戦後の護憲運動の目的であったはずだ。

第二に、日本の無制限な軍拡を招来する可能性大であることだ。アメリカに追随して対中包囲戦略の一翼を担おうとしている日本が、さらに対ロシア・対北朝鮮などを含めて軍事ターゲットを拡大していくことは、必然的に日本の軍事機構の肥大化を結果し、いわゆる軍事主義の台頭が必至と
なる。

ただ、現時点でクアッドがアジア版NATOに〝昇格〟する可能性はあるのか、と問えばクアッド加盟四カ国とも経済的には中国と太い関係性を維持しており、中国を軍事的ターゲットとすることには、抑制的とならざるを得ない。現実にクアッドの一員であるインドは、中国・ロシアとの協調・協力関係を崩していない。

そもそもクアッド自体、安倍元首相が2006年に提唱した経緯があった。当初は四カ国に限らず、多くのアジア諸国の参加を期待したが失敗した。結局トランプ前米大統領時代に復活したが、依然として四カ国に留まっているのが現状である。クアッドのメンバーであるインドのスタンスがある意味で現実的である。

つまり、インドの有力紙である『ザ・ヒンデュー』や『ヒンデュースタン・タイムス』には、骨子として「インド太平洋諸国の中国に対する依存を全面的に減らす」ことが可能ならばクアッドの意味がある、とする主張が記されている。つまり、クアッドもアジア版NATOも詰めて言えば、中国の影響力を相対化する意図があることは確かだ。

しかし、その一方でアジア版NATOについて、インド外相のジャイシャンカル外相は4月15日、多国間フォーラムであるライシナ・ダイアローグに出席した際に、「これはただの言葉遊びで、インドがいわゆるNATO(同盟)のような考えを持ったことはない」と言い切っている。

こうしたインドのスタンスは極めて合理的な判断と思われるが、一方ではクアッドを肯定し、アジア版NATOの構築に支持を与えるアジア諸国民が数多存在すると判断するのは疑問だ。なぜならば、NATOが欧米諸国を基点とする多国間軍事同盟であり、必然的にライバル(仮想敵国)を設定し、それをターゲットして軍事的安全保障政策を設定し、軍事力の拡充整備を結果するからである。日本がそうした枠組みに参入することは平和国家としての将来を自ら放棄することを意味する。そこで想起される発言を紹介しておきたい。

菅義偉前首相は、以前の総裁選挙でアジア版NATO構築に前のめりの発言を行った同じく総裁選に出馬した石破茂に対し、日本の外交防衛にとっては不適当であるとし、首相就任後、インドネシア訪問のおり、「アジア太平洋版(アジア版)NATOなど検討したこともない」と発言した。ところがその菅前首相を継いだ岸田首相は、アジア版NATOに石破同様には前のめりになっている。

そうしたことから、今年末までに出揃うとされる防衛三文書のなかで、このアジア版NATOに関する記述が盛り込まれるかどうかも注目点となる。そこから岸田政権が推し進める敵基地攻撃能力の保有や防衛費の増額、改憲による自衛隊の憲法明記など、目白押しの感のある軍拡政策が、アジア版NATO構築構想の地ならしではないか、とする把握も可能である。

もう一つ、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の動向も大きなポイントとなる。言えることは、ASEAN諸国は一様にライバルを設定し、軍事的対抗関係に陥っていく同盟関係には極めて慎重であることだ。それゆえアメリカや日本が、その姿勢を改めさせるために様々な働きかけを行っているのは周知の通り。

勿論、中国からの働きかも無視できないが、これらASEAN諸国は対米自立と対中国融和の方向にあり、その関係性は今後益々強まることはあっても、弱まることはないだろう。

以上の状況を踏まえて要約すれば、私たちは二国間であれ多国間であれ、軍事同盟に身を置くことによって平和主義を形骸化してはならないこと、軍事同盟は覇権主義を基本原理とする限り、アメリカやロシアのように戦争発動への敷居を低くし、戦争政策を常態化させる可能性のあること、等を繰り返し糾弾していかなければならいことである。




関西共同行動ニュース No92