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ロシアのウクライナ侵略戦争をどのようにして止めるか 【大阪大学名誉教授】 藤本和貴夫


1.ロシアの戦争目的

 2月24日にロシア軍が突如ウクライナの北部、東部、南部の三方から国境線を越えてウクライナに侵入してから4か月が経過した。ロシアのプーチン大統領はこの明らかな侵略戦争を「特別軍事作戦」と呼び、その目的が、8年にわたってウクライナ東部で中央政府と軍事紛争を続け、ジェノサイドの危機に瀕する「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の人々を保護することにあると明言した。そのためわれわれは「ウクライナの非軍事化と非ナチ化」を目指すと。

 しかし、ウクライナ政府がネオナチ勢力に支配さており、その政府の圧迫からロシア系住民を救出するというこの「作戦」の名目は、たとえばゼレンスキ―大統領自身がユダヤ人であるという一事を挙げるだけで信用に値しないことが明らかである。

 この4か月の戦争の経緯を見れば、プーチン政権はロシアの戦車群が一挙に首都キーウを目指して進撃し、短期間でゼレンスキ―政権を崩壊させ、それに代えて自らの傀儡政権を樹立することがでると考えていたと推測できる。しかし、外国軍の侵略はウクライナ国民を団結させ、NATOの情報網による支援とウクライナ住民の組織された激しい抵抗がロシア軍の首都攻略を阻止し、プーチン政権の当初の計画を早期に失敗に終わらせた。戦争開始からほぼ1ヶ月後の3月23日、ロシア軍はキーウ周辺から退却したのである。

2.戦争の第二段階

 3月23日、ウクライナ国防省はロシアの作戦の焦点が南部と東部に移ったことを明らかにした。4月以降、ロシア軍は東部では、親ロシア系の人民共和国がそれぞれ一定部分を支配しているドネツク州とルガンスク州に軍隊を集め、ウクライナ軍への攻勢を強めた。戦闘は独立を宣言している「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の「人民民警」とロシア軍の連合軍がロシア製兵器で戦い、他方のウクライナ軍は主としてNATOから供与された高い性能を持つ小型の対戦車砲などの兵器で応戦した。

 この第二段階でのロシア軍は、「火砲を無制限に使用して都市全体を破壊する」という文字通りロシア軍の教科書に書かれている第二次大戦以来の戦術をとっていると言われる。マリウポリがそうであり、セヴェロドネツクでも同じことが起こった。ウクライナ軍はロシア軍に匹敵する重砲と弾薬をもっていない。ゼレンスキ―大統領がNATOに常に要求する最新で高性能の兵器がなければこれに対抗できないであろうと言われる。

 6月24日の国連人権高等弁務官事務所の発表によれば、この戦争におけるウクラナ側の民間人の死者4662人(内子供320人)、負傷者5803人(内子供479人)、国外への難民481万人、国内への避難民1194万人である。実際はこれらの数字をはるかに越える数だとされている。2019年のウクライナの人口が4399万人であったことを考えれば、住民の4割近くが家を追われて避難民となっている。また、ウクライナ兵士の戦死者については6月21日にウクライナ側から約1万人と発表された。

 他方、ロシア軍兵士の戦死者は発表されておらず、1万5千人という指摘がある。また、ドネツク人民共和国内の住民の被害については、ウクライナ軍の砲撃による死者178人(内子供9人)、負傷者847人(内子供64人)、戦闘の結果「解放された地域」での負傷者1429人(内子供77人)死者数は不明で、マリウポリについてのデータを収集中とのことであり、戦闘の過酷さを考えれば厳しい数となることが考えられる。(全ロシ
ア社会組織『将校連合』の6月18日「戦闘概況短報」www.ooc.su)

 この戦争が日々多くの兵士の戦死者を出しているだけでなく、膨大な市民の死者と負傷者を生み、さらに国民のほぼ半数近くに及ぼうとする避難民を生み出し続けている事態をいかにして止めるかを考えなければならない。それは戦争を止め、すなわち、停戦交渉をただちに始め、交渉による紛争の解決にとりかかること以外に出口はない。

3.いかにして戦争を止めるか

 ここでウクライナ戦争の特殊性について考えておきたい。

(1)ウクライナを支援するNATOが当初から戦場をウクライナの国境内に限定し、国境を越えてロシアに戦場を及ばさないと公言していること。その理由は、この戦争の拡大が第三次世界大戦を引き起こす危険があるからとされる。

(2)NATOは非加盟国であるウクライナに兵を送らず、情報と武器のみ供与しており、一方ロシアの侵略に反対する諸国も連携して強力な経済制裁に限定していること。

(3)ロシアは「特別軍事作戦」と称して、戒厳令や国民の総動員をさけていること。「戦争」という言葉を使うと処罰の対象になる。

 これらが意味することは、ウクライナ国内での戦闘が如何に過酷なものであろうとも、戦争が拡大して影響が自国におよぶことを避け、その影響する範囲をウクライナの国境内に封じ込めようとしていることである。

 またロシア国内の戦争反対の運動も、戦場に向かうのが一部の部隊に限定されている限り、「特別軍事作戦」体制を揺るがすことにならないとプーチン政権は考えているのであろう。

 停戦はこのような「戦時体制」を解かせることと結びつく。戦争開始直前、退役将校の団体が戦争反対、プーチン辞任の国民向けアピールを出したことは、ロシアの底流に戦争反対があることを推測させる。1917年のロシア革命はもとより、戦争と革命が結びついていることはロシアの歴史が教えるところである。

 しかも忘れてならないことは、戦争が始まった直後から、すでに数度の停戦交渉が行われ、3月7日の交渉でゼレンスキ―大統領はNATO加盟断念を表明していたことである。またその後の停戦交渉でウクライの戦後の安全保障についても議論されていた。ロシアは長期的な自国の安全保障の観点からNATOの東方拡大、特にウクライナのNATO加盟の阻止をレッドラインとしてきた。戦火の拡大が大きいからこそ停戦交渉の実現に向けて声を上げなければならない。

 一旦停戦しても、不安定な状態では再び紛争が起こると主張する人たちがいる。しかし、いまはまず停戦を実現してすべての住民の殺戮をとめるのかどうかが問われているのだと主張したい。




関西共同行動ニュース No91