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名古屋入管スリランカ人女性死亡事件と入管制度の闇  
【弁護士】指宿昭一


■名古屋入管スリランカ人女性 死亡事件の経緯

07年以降、入管収容施設内で17名の被収容者が亡くなっている。うち5名は自殺である。19年6月には、大村入管で、ナイジェリア人男性が餓死した。彼は、入管に対する抗議のハンガーストライキをしていたが、そのために餓死したのではない。ハンガーストライキの末、飲食をすることができない状況に陥っていたのに、入管が入院も治療もしなかったため、餓死したのである。この事件をきっかけにできたのが、法務大臣の諮問機関である収容・送還に関する専門部会。専門部会は、入管収容の問題点に目を向けることなく、入管の権限を強化して、強制送還をしやすくする制度改革を提言し、これが入管法改悪法案として21年2月に国会に提出された。



そして、21年3月6日、名古屋入管でスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが死亡した。ウィシュマさんは、17年6月、留学生として入国した。日本語を学び、将来は日本で英語教師になることをめざしていた。日本語学校に通っていたが、途中から行かなくなり、18年6月に日本語学校から除籍。19年1月に在留資格を失う。スリランカ人男性と同居していたが、ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害に遭い、20年8月に警察に出頭。DV被害者として保護されることはなく、不法残留で逮捕され、翌日に名古屋入管に収容された。収容開始時点で、ウィシュマさんは帰国を希望していたが、10月に、収容前まで同居していた男性から、「スリランカに帰ったら、探し出して罰を与える」旨の手紙を受け取り、強い恐怖を感じて、12月中旬に在留希望に転じた。すると、入管職員は、「帰れ、帰れ、ムリヤリ帰される。」と述べて、何度もウィシュマさんの部屋に来たため、ウィシュマさんは恐怖を覚えた。ウィシュマさんの収容時の体重は84・9キログラムであったが、21年1月20日には72・0キログラムで12・9キログラム減になっており、飲食をすることが困難な状況であることを訴えていた。その後も、体重は減り続ける。という異常な数値が出ており、これはウシュマさんが「飢餓状態」にあることを示す数値であり、緊急入院させて点滴で栄養の補給等をすべきであったが、入管は何もしなかった。この頃以降、ウィシュマさんも支援者も、何度も、点滴や外部病院の受診を求めたが、入管はこれをせず、3月4日に実現した外部病院の受診は精神科医師に対するものであった。3月4日の精神科受診の際に、入管は、詐病の疑いがあると医師に伝えており、それでもこの医師は「仮放免すれば良くなる」旨の意見を入管に伝えていた。



3月5日、ウィシュマさんは脱力した状態になり、3月6日には朝から反応が弱く、血圧・脈拍が確認できなかったのに、入管は救急搬送をしようとしなかった。午後2時7分頃、呼びかけに対して無反応で、脈拍が確認できず、2時15分頃にやっと救急搬送を要請。3時25分頃、搬送先病院で死亡が確認された。司法解剖時の体重は63・4キログラムであり、収容時から21・5キログラム減であった。

ウィシュマさんは2回の仮放免申請をしたが認められなかった。1回目は1月4日に申請したが、2月16日に不許可となった。2回目は2月22日に申請したが、その結果が出る前にウィシュマさんは亡くなったのである。その直後、名古屋入管は、「医師の指示に従って適切に対処していた」とコメントした。3月9日には、上川陽子法務大臣が、入管庁に事実関係の調査を指示したと述べた。

当時、入管法改悪法案が国会に提出されており、4月16日に衆議院本会議で審議入りした。しかし、ウィシュマさん死亡事件の真相解明なくして法案審議はありえないとして野党が抵抗。一定の審議は行われたものの、野党はウィシュマさん死亡直前の状況を撮影したビデオ映像の提出などを入管に求めたが、入管は、「保安上の理由」があるとして提出を拒否。5月1日にはウィシュマさんの遺族である妹2人が来日。コロナ感染対策の待機期間を経て、16日にウィシュマさんの葬儀を行い、17日には遺族が名古屋入管局長に面談した。真相解明を求める遺族の声と動きはメディアを通じて大きく報道された。法案阻止を求めて国会前に集まる市民の数は日々増えていき、インターネット上でも法案反対の声があふれた。このような状況の中で、18日朝、官邸は法案を事実上廃案にすることを決めた。

■最終報告書の問題点

法務大臣の指示に基づき、入管庁は出入国管理部長を責任者とし、本庁職員による調査チームを発足させ、4月9日に中間報告を公表。8月10日には最終報告を公表した。以下、最終報告書の問題点を述べる。



1 2月15日の尿検査の結果、「飢餓状態」に陥ったウィシュマさんに何も治療をせず、死なせてしまったことについての責任を回避していること

前述したように、2月15日の尿検査の結果、「ケトン体3+」という異常な数値が出て、ウシュマさんが「飢餓状態」にあることが明らかになったのに、入管は緊急入院等の対応をしなかった。そのため、ウィシュマさんは餓死したのである。入管は、ウィシュマさんの死因は不明として、複数の可能性を挙げているが、これは、ウィシュマさんが餓死したことを隠すためのものである。そして、入管は、「内科的な追加の検査等」が行われなかった原因は、「週2回・各2時間勤務の非常勤内科等医師しか確保・配置できてなかった名古屋局の医療体制の制約」であるとして入管の責任を否定している。これはすり替えである。医療体制の不備は問題であるが、たとえ不備な体制でも、「ケトン体3+」という異常数値で「飢餓状態」に陥っていることが分かるのに、何も対応しないということはあり得ない。入管には、ウィシュマさんの命を救おうとする意思も能力もなかったことが明らかであり、責任を逃れることはできない。

2 死亡直前の3月5日及び6日に救急搬送をしなかったことについての責任を回避していること

3月5日朝と6日朝に、ウィシュマさんの血圧と脈拍の測定ができなかった(5日はその後に看護師による測定ができた。)。入管に、ウィシュマさんの命を救う意思があるなら、これらの時点で救急搬送をしていたはずである。しかも6日は、朝から、「あー。」と声を出すだけで、ほとんど無反応だったのである。ウィシュマさんを人として意識していたなら、救急搬送をしていたはずである。実際に救急搬送を要請したのは午後2時15分頃であり、3時25分に搬送先の病院で死亡が確認された。つまり、病院に到着した時には、すでに死亡していたということである。

これについて、最終報告書は、休日の医療従事者の不在、外部の医療従事者にアクセスできる体制がなかったこと、容態の急変等に対応するための情報共有・対応体制がなかったこと、職員の意識等を指摘しつつ、責任を認めていない。人がそこで死にそうになっている状況において、救急車を呼ばなかったことが問題なのであり、そこに責任があることを報告書は看過し、入管の責任を回避している。

3 収容中の介護において虐待行為をしていることの責任を回避していること

2月26日午前5時15分頃、バランスを崩してベッドから床に落下し、自力で戻れないウィシュマさんを、女性の職員2名は、ベッドに戻そうとせず、手とお腹のあたりの服を横に引っ張っただけで、午前8時頃まで床に放置した。報告書には、職員が「体を持ち上げてベッド上に移動させようとしたが、持ち上げることができ」なかったと記載しているが、遺族が一部分だけ観たビデオにはそのような状況は写っていない。

3月1日、ウィシュマさんはカフェオレを飲み込もうとして、鼻から出してしまったが、これに対して、職員は「鼻から牛乳や。」と述べ、5日、ウィシュマさんが聞き取り困難な声を出したことに対して、職員が「アロンアルファ?」と聞き返し、6日には、「あー。」と声を出すだけで、意思を示すことができないウィシュマさんに対して、職員が、「ねえ、薬きまってる?」と問いかけた(「薬がきまる」とは、違法薬物を摂取して、その効果が表れていることを表現する隠語である。)。なお、職員は、これらの発言を笑いながら行っていたことが、遺族が観たビデオには映っているが、報告書にはその旨の記載がない。

報告書は、これらの行為につき、介助等の対応能力、人員体制の確保の問題であるとして、虐待行為であるとも認定せず、責任を回避している。

4 仮放免不許可を、帰国意思を変えさせるための拷問として使っていることを容認していること

報告書は、仮放免不許可を、相当の根拠があり、不当と評価できないとしている。その理由の一つとして、「一度、仮放免を不許可にして立場を理解させ、強く帰国説得する必要」があることを挙げている。また、「仮放免されてこれら支援者の下で生活するようになれば、在留希望の意思がより強固になり、帰国の説得や送還の実現がより一層困難になる」とも述べている。在留を希望するという意思を変えさせるために、仮放免の不許可、すなわち、収容の継続ということが使われているわけである。これは、身体的・精神的な苦痛を与えることにより意思の変更を迫ること、すなわち拷問である。報告書は、仮放免不許可が拷問の手段であることを自白し、しかも、それを仮放免不許可の相当の根拠としているのである。

ウィシュマさんをDV被害者として扱わなかったことなど、報告書には他にも問題は多くある。そして、根本的な問題は、ウィシュマさんを死なせてしまった入管庁自身がこのような調査をすることのおかしさである。その結果、自らの責任を否定する報告書ができあがった。これをお手盛りという。茶番ともいう。入管でも法務省でもない第三者機関による調査が行われなければ意味がないのである。

遺族は、最終報告書の内容に全く納得していない。また、ウィシュマさんの死亡直前の2週間の映像を初めとする資料の開示を強く求めている。これは、心あるすべての日本の市民の声でもある。ウィシュマさん事件は終わっていない。真相究明の闘いはこれからである。

『ネット署名にご協力を!』
#JusticeForWishma
名古屋入管死亡事件の真相究明のためのビデオ開示、再発防止徹底を求めます。





関西共同行動ニュース No88