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【巻頭言】 学術会議「任命拒否」を撤回せよ! 中北龍太郎

 菅政権は、日本学術会議(以下「会議」という)の新会員候補6人の任命を拒否しました。私たちは、断固として任命拒否を撤回させ、必ず6人全員の任命を実現しましょう。そのために、今号は任命拒否問題を取り上げます。

■何が問題か

 任命拒否問題を縁遠い組織のことだからと無関心を決め込んでいると、回りまわって自分に被害が及んできます。戦前の学問に対する数々の弾圧が学説を一色に染め上げ、その挙句敗戦に至る悲惨な戦争へ突入していった歴史は、大きな教訓です。また、現代で言えば例えば、コロナ感染症に対する適切な対策や、地球温暖化の問題で何をすべきかについても、基礎となる科学の裏付けが欠かせません。学説が政府の統制を受け政府寄りに偏っていると、科学的事実の提供が不可能となり、結局すべての人々に大きな災難をもたらします。このように、任命拒否問題は、ガリレオ事件のように、とてつもなく重大な問題なのです。

■学術会議とは

 会議の前身は戦前の学術研究会議で、1948年に制定された日本学術会議法(以下「法」という)にもとづいて、49年に内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されました。「学者の国会」の役割が期待されて出発したのです。法前文には、科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に、日本の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学会と提携して学術の進歩に寄与するとうたっています。これは、30年代の滝川事件、天皇機関説事件のようなファシズム国家による学問の弾圧を歴史の鏡とし、また科学者が毒ガス、生物兵器、人体実験、殺人光線や原爆研究、国民総武装兵器の開発等の戦争協力をし、学術研究会議も戦争のための科学動員組織になり果てたことへの反省にもとづくものでした。

 会議は「科学に関する重要事項を審議しその実現を図る」、「科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させる」を基本的職務とし、人文社会、生命科学、理学・工学など日本の全分野、約87万の科学者を代表しています。調査、会議、シンポなどを行い提言等を出しますが、今年だけで9月末までに83本の提言・報告を提出しています。政府に対しても提言、勧告をすることもできます。2004年の国会では、茂木科学技術担当相が「南極観測の開始、国立公文書館設置の勧告が具体化されることで政府の施策に貢献してきた」と会議を評価しています。

 会議は、210人の会員と約2000人の連携会員によって職務が行われています。会員の任期は6年で再任はされず、3年ごとに半数が選任されます。法では、職務の独立性が保障され(3条)、会員は学術会議の推薦に基づいて内閣総理大臣が任命するとされ(7条2項)、学術会議は、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣総理大臣に推薦する(17条)と定められています。このように、会員の選考権等の実質的な人事権を全面的に会議に与えていることが、会議の独立性を保障する要になっています。法は、会員の任命にあたって、内閣総理大臣に人選に介入する権限を与えていないのです。




■任命拒否は違法

 83年に選挙で会員を選ぶ制度から、学会を基礎とする推薦制に変更する法改正が行われましたが、その際の国会審議で、中曽根首相は「総理大臣の任命は形式的なもの」「推薦のとおり任命する」と繰り返し答弁しており、こうした解釈は国会審議で確定しました。実際、34年間「推薦のとおり任命」されてきました。

 ところが、菅首相は「必ず推薦のとおりに任命しなければならないわけではない」と解釈変更を行いました。2018年11月に内閣法制局の文書で秘かに新たな解釈が文書化されていました。しかしながら、当時の会議の会長にもこうした解釈変更について知らせていませんでした。まさに、クーデター的法解釈の改ざんに外なりませんでした。

 また、菅首相は、公務員の選定は国民固有の権利と謳った憲法15条1項を持ち出し、正当化を図ろうとしています。しかしながら、この規定は、公務員の選定権に関して国民主権の原則を明らかにしたものです。この国民の権利をいかに具体化するかは、国民を代表する国会において個別の法律で定められるべきもので、学術会議法で具体的に定められているのです。菅首相の論理からは、どんな人事でも首相の一存で決まるといった独裁が罷り通ることになります。

 会議が社会に対するさまざまな課題について、自由闊達に議論し、意見を発出することは、学術に対する市民の期待に応え、民主主義の実現に寄与する営みです。そのためには、組織として会議の活動が、時々の政権の意向から独立していることが必要不可欠です。任命拒否は、この独立性を根本から揺るがしています。任命拒否は独立性に対する政府の干渉・介入と言わざるをえません。これでは、政府への提言・勧告する独立した機関としての性格を失ってしまいます。



■説明拒否はファッショ

 菅首相は、任命を拒否した理由を全く答えようとしていません。政府の意向にそわない研究者を合理的な理由を説明もせずに排除することは、専門家の立場から政府の政策や方針に異議を唱え、見直しを求める機能を著しく損ないます。また、会議の会員の推薦は政治から独立して学術的に「優れた研究又は業績」に即して行うことが求められています。法の定める学問的基準によって拒否の理由を説明できない限り、会議の独立性を不当に侵すものです。しかも、拒否の理由の不明示は、法の支配を揺るがし、研究者の人権と自由を侵害する行為に外なりません。

 6名の研究者が安倍政権時代、安保法制、秘密保護法、共謀罪に反対の意思を表明したことが拒否の理由だとすれば、政府の政策批判を理由に任命を拒否したことになり、「御用機関に堕す」ことを政府が会議に強要することに外なりません。また、人事で恫喝して従わせる手法は一種の〝暴力〟に外なりません。説明しないことこそが権力の行使であり、市民を無力化させ、市民を恐怖と不安から権力に従わせ、遂には権力に忖度し取り入るものが出てくることになります。説明責任を尽くすことが民主主義の命であり、それを破壊する手段は説明しないことなのです。

 最高権力者が「意に沿わない者は理由なく切る」と言い出したら、国中にその空気が広がり、それは着実にファシズムへの階段を上っていくことになります。

■軍事研究をめぐる攻防

会議は、50年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨の声明を、67年には「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を発表しています。その背景には、科学者コミュニティーの戦争協力への反省と、再び同種の事態が生じることへの懸念がありました。これに続いて、2017年にも「軍事的安全保障研究に関する声明」を出しています。三度目の声明は、再び学術と軍事が接近しつつある中で、軍事研究が「学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にある」ことを確認し、大学等に対し軍事研究について審査する制度の設置等を求めています。

 15年発足の安全保障技術研究推進制度は、防衛装備庁が将来の装備開発につなげるという明確な目的にそって公募・審査を行い、同庁の職員が研究中の進捗管理を行うというものです。こうした軍事的安全保障研究では、研究の方向性や秘密性の保持をめぐって、政府による研究者の活動への介入が強まらざるを得ません。

 防衛省は軍事研究予算を、17年度に6億円から110億円に増額し、札束で学術界の切り崩しを図ろうとしました。しかし、会議の声明も力を発揮して、大学の推進制度への応募は15年度は58件にのぼりましたが、一貫して減少し、20年度はわずか9件にとどまっています。この攻防は、敵基地攻撃能力保有の導入―本格的な軍事研究の進展に伴ってますます激化することになります。こうしたタイミングで、任命拒否が行われたのです。


■会議の解体か発展か

 会議の在り方を検討する自民党プロジェクトチームは20年12月に政府への提言をまとめました。この提言は、「国の特別な機関」という位置づけを見直し、政府から「独立」することを求め、財政を大幅に減少させるというものです。これはまさに会議の解体攻撃に外なりません。ここに、菅政権の強権体質が露骨に表れています。

 私たちは、任命拒否を撤回させ、全員の任命を獲得するために奮闘しよう!学問の自由、私たちの自由と人権をどこまでも擁護しよう!会議の発展をしっかり見守っていこう!

 ―そして彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげてくれる者は誰一人残っていなかった―これは、反ナチ運動の闘士で強制収容所に収容されたニーメラー牧師の有名な警句の一節です。共産主義者、労働組合員、社会民主党員、ユダヤ人と各個撃破される間沈黙し、自分が攻撃されて気付いたときには、「時すでに遅し」といった悔恨が込められています。





関西共同行動ニュース No85