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「日韓対立」をめぐって  【戦後補償ネットワーク世話人代表】 有光 健

■本当に「1965年以来最悪」か?

今回依頼を受けたテーマは「日韓対立」だが、「日韓対立」という言葉が一人歩きしている印象だ。

徴用工・ 「慰安婦」をめぐって、両国政府の立場が異なり、先鋭化してはいるが、対立しているのは「安倍政権」対「文在寅政権」であって、国全体が対立しているわけでもなければ、観光客が激減しているものの、国民・市民同士が対立しているわけでもない。両国のメディアが「対立」をあおり過ぎている。



「過去悪」 「1965年以来悪」と報じられているが、この間日韓の外相会談や次官 ・ 局長級の会談は随時行われているし、国防・防衛相や文相らの会談・会合も行われてきた。「GSOMIA( 軍事情報包括保護協定 ) 破棄」が決定的に悪影響を与えるように吹聴されているが、そもそも 「 GSOMIA」 が締結されたのは2016年 11月に過ぎず、それ以前に日韓で著しい不都合があって、安全保障上の危機が生じていたという話を聞いたことがない。わずか2年前の関係に戻るというだけの話に過ぎない。 レーダー照射事件 ( 2018年12月 ) はその後に起きた出来事であり、 「 GSOMIA 」 があっても情報交換はうまくいかず、信頼関係は低下したままで、いまだに真相も明らかになってない。

むしろ、一番ひどかったのは2011年 12 月に京都で行われた日韓首脳会談の後だった。同年8月の憲法裁判所の決定を受けて、首脳会談で「慰安婦」 問題の解決を迫った李明博大統領に対して、何の対応策も示さず、話題をそらすなど不誠実な態度に終始した野田首相に、李明博大統領が激怒し、会談は決裂。李明博大統領は、翌日の日程をキャンセルして急きょ帰国してしまった。誠実に対応しない日本側に業を煮やしたのか、翌2012年8月に李明博大統領は「独島」( 竹島) に上陸し、天皇の謝罪も要求する。

これに対して、日本政府は駐韓大使を召還し、野田首相が李明博大統領あてに遺憾の意を表明した親書を送る。ところが、韓国側は受け取りを拒否して、逆に東京の駐日韓国大使館の政務課長が親書を持参して外務省に届けようとするが、外務省は政務課長を敷地内に立ち入らせず門前払いし、結局親書は書留速達で返送されるという前代未聞の事件が起きた。

この時は、衆参両院で天皇謝要求取り消しを求める抗議決議も採択された。そして日韓の冷え切った外交関係は、朴槿恵政権の2015年まで続き、3年半ぶりに日韓首脳会談が行われたのは、2015年 11 月だった。「慰安婦」日韓合意が発表されたのはその翌月である。

2011年末から2012年に起きた騒動に比べれば、今回は閣僚レベルの会談や会合は行われているし、韓国政府職員への日本の経済産業省の対応は礼を欠いたものではあったが、面談まで拒否はしていない。一応、対話の回路は開かれている。問題は、回路は開かれてはいるものの、中身のある対話や意見交換がさっぱり行われていないことだ。



~ 12 年に比べて大きく違うのは、メディアの騒ぎ方である。新聞もTVもワイドショーも朝から晩まで、「悪の日韓関係」を報じ、それに近は「タマネギ男」騒動が加わり、韓国を冷笑する雰囲気が広がっている。日韓のメディアは、 11 ~12 年のあの大騒動を忘れてしまったのだろうか?

真剣にその原因を掘り下げてきただろうか?

双方「けしからん」の応酬では、問題解決の糸口は見いだせない。

■「対立」を煽る安倍政権とメディアと破廉恥な専門家

改めて振り返ってみると、喧伝される「日韓対立」「危機」は、周到に作られ、意図的に流されているキャンペーンのように思える。安倍首相得意の“印象操作”である。



まず、第一に、大の要因になっている、「徴用工」についての韓国大法院( 高裁) 判決だが、突然出されたものではなく、前述の日韓がもっとも冷え切っていた2012年5月に大法院でそれまでの下級審での判決を覆し、元徴用工らの賠償請求を認める判断を出し、高裁に差し戻していた。昨年 10 月の判決はそれを踏襲したもので、企業に支払いを命じる判決が出ることは十分予想されていた。だからこそ、朴槿恵前大統領は対日関係に配慮して、判決を遅らせようと画策したことが後に明らかになり、関係者らも訴追された。在韓日本大使館も日本側被告企業も確定判決が出ることは予想し、覚悟もできていたはずである。

それを、昨年の判決をあたかも晴天のへきれきのように驚いて見せ、 「国際法違反」だの「ありえない判決」だのと騒ぎ立てたのは、明らかに官邸・外務省のオーバーリアクションで、巧みな演出だったが、メディアも見事にそれに乗せられてしまった。

敗訴した被告企業が「不当判決」と主張することはありえるが、他国の裁判所の判決を外国政府が「不当」となじる例はあまり聞かない。米国の裁判所で日本企業に支払命令が出たり、不利な判決が出ても、日本政府が正面から「不当」と批判することはまずないだろう。韓国も日本も三権分立の法治国家なのだから、不満はあっても、行政府も立法府も企業も個人も裁判所の判断に従わざるを得ない。

ただし、同じ原告対被告で争って、韓国の裁判所では賠償命令が出され、他方日本の法廷では賠償請求が棄却されるという180度異なる結論が出されたわけだから、当事者のみならず、メディアも両国民が困惑するのは当然である。世界的にもほとんど例がない。しかも、内容は1965年体制の修正に踏み込むわけで、当然大きな軋みが生じる。改めて、当事者と両国政府が協議し、知恵をしぼって解決策を導くしかない。そこで創られる解決策が、今後の世界のこうした紛争解決の先例ともなろう。

極めて先駆的で未来志向的なチャレンジに臨むことを関係者と両国政府はいま迫られているのだが、日本側にはその自覚がまったくない。とにかく1銭も払わないこと、国家事業として推進した結果の人権侵害に目をつぶり、過去への償いに封印をすることが国家的な利益と使命と信じ込んで、憤り、迷路に陥っている。

昨年の大法院判決を予測して、日本側の「韓国けしからん」論の大合唱はかなり早くから準備されてきたのではないかと推測する。本来は、冷静に日本側企業の歴史的な責任を検証・検討し、その責任の取り方を被害者・被害国と協議し、解決のためのプラットホームとルールを考えればよいだけの話だった。それを、オーバーに経済や安全保障を含む日韓関係全体の問題にフレームアップして、 巧みに感情的な問題にすり替えてしまった。

元駐韓大使という人物がTVのワイドショーに「専門家」として連日登場して、元の派遣国の元首である大統領を呼び捨てにし、敵意むき出しで、くそみそにコメントする。外交官としての品位のなさ、知性の欠如に驚くが、この人物は2013年から2017年まで5年間被告の三菱重工の顧問を務めて、 報酬を得ている利害関係者でもある。このような破廉恥な人間を旗振り役に、日本の世論が形成されているとすれば、不正義の上に再び不正義を重ねていることにほかならない。

■“歴史リスク”に向き合わず、解決策が見 えない日本。必要な失敗の総括

こういう時こそ、アカデミズムがしっかりしなければならないはずだが、 「韓国問題の専門家」 とされる識者らの多くも、「過去悪の日韓関係」 の見出しの前に、たじろいでいるように見える。 「1998年の金大中大統領・小渕首相の日韓共同宣言に立ち戻れ」との声もあるが、同宣言を根拠に上滑りな未来志向を叫ぶばかりで、歴史的な人権問題を放置してきたことに今日の混迷の大きな要因があることを直視していない。失敗の総括なしに 20 年前の共同宣言を上書きしても無意味だろう。

1998年は初の「慰安婦」裁判の判決が山口地裁下関支部で出された年で、日本の裁判所でも「慰安婦」被害者が勝訴していた。 11 ~ 12 年李明博政権で日韓関係が断絶に近い状態に陥ったのも、原因は「慰安婦」問題への日本政府の向き合い方への韓国側の不信だった。1990年代初めから四半世紀以上、日韓は一貫して“歴史リスク”にさらされて、足を引っ張られ続けてきた。日本は、誠実に問題に向き合い、本気で解決しようとはせず、「女性のためのアジア平和国民基金」 など一時しのぎの策を弄するばかりで、すべて終わったことにして、封印・隠ぺいしようとし続けてきた。

それらのことに現在の対立・混迷の大の理由があることを再確認しなければ、解決に向けた議論の次のステップには進めないように思われる。傷は深く、対症療法でしのげる事態ではないのだが、安倍政権、メディアを含む日本社会全体の理解が追い付いていないことに、改めて深刻な危惧を痛感する。



韓国側にも問題が多いが、そのことはまた別に論じたい。


関西共同行動ニュース No81