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【巻頭言】  許すな!緊急事態条項 中北龍太郎



■参院選後の改憲情勢と緊急事態条項

安倍首相はかねてより、党総裁の任期が終わる18年9月までに改憲を成し遂げたいと明言してきました。参院選後参院でも改憲勢力が3分の2を超えた結果、安倍首相はますます改憲の野望を露わにしています。「憲法改正へ橋がかかったと思う」「これからは憲法審査会においていかに与野党合意をつくっていくかだ」「(憲法審査会では)わが党の案をベースにしながら、(改憲勢力で)3分の2を構築していく。これがまさに政治の技術だ」。こうした発言からも、安倍政権が数の力で改憲へ一気にたたみかけてくることは必至です。

安倍首相は、参院選で改憲問題隠しを徹底し、100回以上行った街頭演説でも一度も改憲問題にはふれませんでした。ところが、参院選後安倍首相は改憲についても信任を得たと態度を豹変させています。しかしながら、国民に正面から改憲の是非を問いかけていない以上、国民が改憲の推進を議員に委任したことにはなりません。安倍政治は、選挙で勝てば何をしてもいいといった多数専制の政治にほかなりません。

9条を主要ターゲットにする憲法全面改悪の突破口が緊急事態条項です。安倍首相は、今年3月開催の参院予算委員会で、「大規模な災害が発生したような緊急時に国民の安全を守るため、国家、国民がどのような役割を果たすべきかを憲法に位置づけるのは極めて大切な課題だ」と明言し、同じ趣旨の発言を繰り返してきました。憲法に緊急事態条項を創設するということは、政府に国家緊急権を与えることを意味しています。国家緊急権とは、「戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限」と定義されています。

国家緊急権の目的は、非常事態において、「国家の存立を維持」することにあります。国民のためではなく、国家のためであるという点が、国家緊急権の肝です。そのために、「立憲的な憲法秩序」、すなわち、人権保障と権力分立を一時停止する制度です。このように、国家の存立を維持するために憲法の効力を停止するところに、緊急事態条項の本質があります。

近代憲法は、市民の自由と人権のための政府に対する縛りです。こうした憲法のあり方は立憲主義と呼ばれています。これに対し、国家緊急権は立憲主義の例外状態を作りだします。そのため、国家緊急権が発動されると、政府に対する憲法の縛りが外れ、政府への権力の過度の集中と人権の強度の制約をもたらすことになるのです。

日本最大の極右組織である日本会議が改憲を草の根で推進しています。彼らの主要な改憲運動は、1千万人署名と、地方議会における「国に対し早期に憲法改正をめざすことを求める意見書」の採択です。日本会議が当面最も重視している改憲項目も緊急事態条項です。第3次安倍改造内閣の大臣の65%もの圧倒的多数が日本会議と連携する日本会議国会議員懇談会に所属しており、安倍内閣は日本会議内閣と言われています。改憲極右勢力は草の根と国会レベルで連携して、ここ2年間のうちに一気に改憲に突き進もうとしているのです。

■憲法改正草案の緊急事態条項

国会審議の下敷きにされようとしている2012年4月に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」(自民改憲案)は、「第九章 緊急事態」の表題の下に、「緊急事態の宣言」( 98条)、「緊急事態の効果」( 99条)の2か条をおいています。そのポイントは、(1)外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、大規模自然災害、法律で定める緊急事態において、緊急事態宣言を発する。(2)宣言が発せられると、内閣は①緊急政令を制定し、②緊急財政処分を行い、③自治体の長に指示をすることができるようになり、(3)国民には公の機関の指示に服従すべき義務を課すなどです。

この案はとても危険です。第1に、緊急事態の拡大や濫用が懸念されます。「内乱等」の「等」に拡大解釈の余地がありますし、「社会秩序の混乱」というのも余りにも漠然としていて、ストライキや金融危機まで含まれかねません。しかも、法律により国家緊急権の適用場面をデモにまで拡大できるようになっています。第2に、緊急事態が宣言されると、国会の権限が停止され、「国会は唯一の立法機関」という憲法41条の原則が棚上げされます。その結果、国家緊急権を憲法に創設して発動すれば直ちに独裁制が確立されることになるのです。第3に、内閣が自在に人権を制限する政令をつくることができるようになります。第4に公の機関の指示に対する国民の服従義務に道を開くことにもなります。

このように、自民改憲案の緊急事態条項案は、過度な権力集中と人権制約がむき出しになっています。



■緊急権と映画「スターウォーズ」

国家緊急権を憲法の中に盛り込む動きは、いまに始まったことではありません。自民党が改憲を唱えるようになった50年代から開始されました。50年代に次々と発表された改憲案の中で、緊急事態条項は定番になっていました。56年に内閣に設置された憲法調査会が64年に発表した最終報告書では、「非常事態について何らかの措置が必要との点では全員が一致している…憲法に規定すべきであるとの見解が大多数の見解である」となっています。国家緊急権を含んだ改憲案の発表は70年代以降も間欠的につづき、2012年の自民改憲案に反映されることになりました。このように国家緊急権確立の試みは長い歴史があり根が深いといえます。

国家緊急権の怖さは映画「スターウォーズ」を見ても明らかです。「スターウォーズ」は、銀河共和国の崩壊と銀河帝国の勃興、帝国に対する反乱の物語です。銀河共和国の議会議長は、自作自演の戦争の危機を利用して、議会に緊急事態宣言を出させて、国家緊急権を手中におさめます。そしてその後、この権力を使って、共和国を廃止し、帝国の設立を宣言し、皇帝になりあがり、帝国軍隊を創設していきます。緊急事態宣言によって、共和国が一気に軍事独裁帝国へ変貌を遂げたのです。危機のための緊急事態だと思っていると民主主義は死んでしまい、いつのまにか独裁政治になっていた。これは決して映画だけのことではありません。

■緊急権の歴史―独日韓

1919年に制定されたワイマール憲法は当時最も民主的・進歩的な憲法と評価されていました。ところが、ナチスは、この憲法を使って独裁的権力を手中にしました。ワイマール憲法から独裁が生まれたのは、憲法の中に緊急事態条項が設けられていたからです(憲法48条は、公共の秩序に重大な障害が生じるおそれがあるときは、大統領は緊急令を発することができると定めていた。)。ナチスが選挙で第1党となり首相に就任したヒトラーは、緊急令によって反対党員を逮捕して議会に出席できないようにして、国会からナチス政府に立法権を移行し、憲法違反の政令まで制定できる授権法を強行採決し、独裁制を確立しました。授権法によって憲法は死文化し、ワイマール共和国は崩壊し、ナチス独裁の第3帝国へ変貌を遂げました。

大日本帝国憲法の場合、緊急勅令、緊急財政処分、国の三権を軍に委ねる戒厳、何でもできる非常大権が定められ、水ももらさぬ国家緊急権体制が用意されていました。治安維持法の改悪が議会で廃案となるや緊急勅令で制定されました。また、関東大震災時に戒厳が実施され、朝鮮人などへの大虐殺を引き起こしました。これら濫用例は氷山の一角にすぎません。国家緊急権体制は、国体護持―人権抑圧を目的とするもので、その強化が侵略戦争への道を敷きつめ、内外に惨たんたる結果を引き起こし、その挙句に破綻したのです。

緊急権の害悪の歴史は第2次大戦後も続いています。独裁政権下の韓国もその一例です。50年代の李承晩、60~ 70年代の朴正煕、80年代の全斗煥は、憲法「改正」を行い、緊急事態条項を盛り込みました。この条項を活用して、独裁強化、批判勢力の圧殺が強行され、政府の手で国家保安法などの反民主悪法がどんどんつくられていきました。その実態を見ていくと、緊急権は、緊急事態の名を口実に憲法を停止し、あるいは国家権力を奪い取る手段になっていたことがよく分かります。

■憲法と緊急権

日本国憲法には国家緊急権の規定はありません。「ない」ことの意味は、次のように国家緊急権を積極的に否認し、緊急事態条項を排除することにあります。第1は、大日本帝国憲法の国家緊急権体制が侵略戦争のベースになっていたことへの反省と、こうした過去の誤った遺物を克服することにあります。第2は、日本国憲法の徹底した立憲主義と9条の平和主義から、戦争による人権制約は認められないからです。

憲法制定国会において、政府(金森国務大臣)は次のような答弁をしています。「民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護するためには、政府一存において行う処置は、極力防止しなければなりません。非常という言葉にかりて、その大いなる途を残しておきますなら、どんな精緻なる憲法を定めても、それを口実にして破壊されるおそれ絶無とは断言しがたいと思います。この憲法は行政権の自由判断の余地をできるだけ少なくするように考えたわけであります。」。この政府答弁からも、民主主義を徹底させて市民の権利を十分擁護するために、憲法から国家緊急権を排除したことが明確になっています。

第2次大戦後、憲法に国家緊急権を創設しなかったのは、日本国憲法だけでなく、西ドイツ基本法、東ドイツ憲法、フランス憲法、イタリア憲法もそうです。日独伊3国がファシズムの国として侵略戦争を行い世界と国内の人びとに戦争の惨禍を強いた、平和といのちへの凶暴な破壊者だったという反省にもとづくものです。2度と同じ過ちを犯さないために、ファシズムと戦争の武器=国家緊急権を憲法から積極的に排除したのです。

さかのぼれば、近代市民革命によって生まれたフランス憲法、アメリカ憲法、ことにベルギー憲法は、明文で憲法破棄と停止の国家緊急権を排除しています。これが近代憲法の原点です。日本国憲法は正しくこの原点に立っています。

■大災害と緊急権

2011年発生の東日本大震災後間もなくのころから、「緊急事態条項を憲法に」という改憲勢力の声がかまびすしくなりました。2012年の自民改憲案の緊急事態条項もその流れの中にあります。大災害への対策を充実させ市民の命や安全を守るために緊急事態条項が必要だといえば市民の支持を取り付けやすい、これが大災害便乗型改憲の狙い目です。被災者のためを思う人道的発想を逆手に取って、緊急事態条項を憲法全面改悪の突破口にする、これが安倍政権の魂胆なのです。

災害対策は、災害対策基本法で、事前の予防対策、直後の応急対策、事後の復旧対策の三つに分類して整備されています。これまでの経験から、法を活用して対策を十分準備することが災害対策の大原則になっています。国家緊急権の制度の場合、災害が発生した後に、いわば泥縄式に短時間で対策を立てることになります。この制度には事前の十分な準備がないという根本的欠陥があります。災害が発生した後に憲法を停止したところで、対処できるはずがないのです。

また、災害における被災者支援活動において、国よりも、被災者にいちばん近い自治体に主導的な権限を与えることがもう一つの大原則です。市町村は日常から地域に密着しているので、迅速に被災地の情報が入りやすく、個々の被災者に対し迅速・柔軟で最も効果的な支援活動を行うことができるからです。これに対して、国には情報が迅速に入らないだけでなく、画一性が重視され、個々の被災者に対して迅速・柔軟で最も効果的な支援活動を行うことができません。このように、災害支援の基本は「現場に権限を下ろすこと」にあるのです。被災者・被災地では、被災経験から定着したこうした教訓から、緊急事態条項に反対の声が圧倒的です。国に権力を集中する国家緊急権は、まさに百害あって一利なしです。

■安倍改憲を許さずとめよう!

憲法9条を破壊する戦争法制定で、日本は海外で戦争する国へ大転換を遂げつつあります。こうした状況下、緊急事態条項の最大の役割は、行政府の独裁化など統治システムの戦争化、有事立法の強化などによる国家総動員体制を拡大強化して、戦争する国づくりを完成させることにあります。こうした本質をもった国家緊急権の確立は、9条を主眼とする憲法全面改悪の突破口でもあります。今なお9条改憲に反対する世論は根強く、それが多数世論であり続けています。そのため、憲法9条は、改憲勢力にとって、最大の課題でありながら、最も困難な課題でもあります。改憲勢力は、9条よりも、緊急事態条項の方が大災害やテロ対策を打ち出すことで、その本質を隠して国民の同意を取りつけやすいと考えています。改憲勢力が明文改憲のトップに緊急事態条項をあげているのも、9条改憲と同じ本質をもちながら、カモフラージュ工作によって国民の過半数の賛成を獲得できる見込みがあると踏んでいるからです。だが、これを許せば、9条改憲の内堀まで完全に埋められてしまうことになるでしょう。

私たちは、惨事便乗型改憲キャンペーンの本質を丸裸にして打ち破らなければなりません。それとともに、国家緊急権が、権力の巨大化と、平和や人権を破壊する本質的な危険性を持っていることを、分かりやすく訴え広く浸透させていかなければなりません。改憲反対の世論をどんどん広げ、改憲の国民投票に踏み切ったならば改憲勢力が敗北することになる、そんな状況を創りだしましょう!何としても、改憲ができないまま安倍を首相の座からひきずりおろしましょう。


関西共同行動ニュース No72