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イラクに対する「反テロ」戦争から13 年後の状況  【現代企画室編集長】  大田昌国

 「反テロ戦争」なるものが始まって、15年が経とうとしている。それがイラクにまで拡大したイラク攻撃からも、13年目である。これだけの年数が経ったいま、いわゆる「イスラーム国」ことISの軍事攻撃が世界各地に拡散している。ISとは特定できない軍事攻撃もある。その作戦地域を叩くという名目で、アフガニスタン、イラク、パキスタン、イエメン、リビア、シリアなどが、国連安保理常任理事国の軍隊による空襲にさらされたり、米国の無人機による爆撃を受けたりしている。「ニュース価値が低い」国々でなら何が起ころうとさして関心を示さない欧日米のメディアも、フランスの都=パリで度重なって起きた武力攻撃事件は大きく報道し、世論もまた深い関心を寄せて、今日に至っている。ヨルダンやレバノンやトルコに、周辺アラブ諸国からの難民が押し寄せていた時には無視していて、難民がヨーロッパ圏に殺到し始めてようやく報道と関心が高まったよう
に。

 しかも、この「反テロ戦争」の終わりは、まだ見えない。「建国」以来の2世紀半ものあいだ、戦争に継ぐ戦争に明け暮れてきた米国にとっても、これほどまでに長く続いている戦争は、ないのではないか。これを指して、「世界戦争」とか「第3次世界大戦」とか呼ぶ見方も、ちらほら出始めている。いま日本の私たちは、空襲を受けてもおらず、軍事攻撃の標的になることも経験していないが、そんな遠くからでも、容易ならざる事態であることは見てとれる。

 なぜ、こんなことになってしまったのか。簡潔に振り返っておきたい。

 01年「9・11」の数日前、私は長野市の市民運動団体に招かれて、現代世界の状況をどう捉えるかについて講演した。ソ連邦崩壊から10年が経ち、勝利を謳歌する資本主義礼讃者たちは、市場原理こそ唯一万能なものだと主張していた。グローバリゼーション(全球化)の趨勢が地上を覆い尽くし、その政策的な表現は新自由主義(ネオリベラリズム)であった。「資本」が人間の統制下におかれることなく自由に市場で暴れまわることを奨励するその弱肉強食原理は、世界を貧富の両極に分断していた。一国的な規模で見ても、一時期貧困問題を解決したと見られた産業先進国も含めて、格差・貧困問題があらためて生まれていた。社会的な公正さを一顧だにしないその考えは、経済的な領域に限らず、世界全体を荒廃させている。権力を持つ者たちが、しかるべき論理も倫理も持たないままに、こんなにも悲惨な形で世界を支配している以上、これに反感や抵抗感を隠し持つ人びとが、思いがけない形で、その怒りを爆発させるかもしれない。

 ―私がそう語った数日後に「9・11」は起こった。繁栄するアメリカ帝国の経済的な象徴というべき世界貿易センター・ビルと、軍事的な管制塔であるペンタゴン(国防総省)を標的に選んだ攻撃者たちの意図は明白だった。もちろん、多数の民間人を巻き添えにしたこの「戦い方」もまた、論理と倫理を欠くだろう。理念としては、美しい夢や理想主義を掲げた社会主義が実践において手酷い失敗を重ねたことが明るみに出た時代の「階級闘争」は、こんな形になるしかないのか。暗澹としながらも私は、まずは巨大な権力を持つ側こそが、これを契機に自らのふるまい方を変えるしかない、と考えていた。なぜなら、彼らこそが、他国(敵国)に何十万、数万、数千の死者を生み出し国土を荒廃させる戦争を好き勝手に発動し、自らの経済的な優位性に安住した世界秩序を作り上げてきたからである。超大国の身勝手さの不利益を一方的に被らざるを得ない側の怨嗟が、「9・11」の背景には透視できるからである。

 だが、米国は「反テロ戦争」をもってこれに応えた。「9・11」攻撃の主体はアルカイーダなる組織だと断定し、非国家主体であるこの集団がアフガニスタンを実効支配しているタリバーンによって匿われているという理由で、同国への一方的な攻撃を開始したのである。その目的をほぼ達成した段階で、今度は「大量破壊兵器を隠し持っているから」という理由で、イラク攻撃を開始したのが03年3月だった。米国は当時のイラク大統領フセインに、それを持っていないことを証明する責任があるという難題を課し、それを証明しないから攻撃するとした。

 世界中で巻き起こった反戦運動は、当初から、この戦争が過ちであることを正しくも指摘していた。非国家主体に向けて発動された、未だかつてなかった名づけようのない戦争が、世界をどこへ導くのか――不安をもってその行く末を見つめていたのだといえる。廃墟とされたアフガニスタンとイラクの地で、無数の死者が生み出された。辛うじて生き残った兵士や民衆の中からは、大国の仕打ちに対する怨嗟と憎悪に燃えるイスラーム国の担い手が育った。イスラーム国は、「アラブの春」以降のアラブ世界の社会的・政治的な液状化状況を利用して、瞬く間に、その活動範囲を拡大しつつある。

 米国では、二つの戦場から生還した兵士200万人のうち50万人が精神的な障害を負い、毎年250人もの帰還兵が自殺している。そのために自国兵士から死傷者を生み出さないように、米国は無人機攻撃という新しい方法を編み出した。パイロットは米国本土の空軍基地にいながらにして、遠くイラクやパキスタンやイエメン上空の無人機を操作し、「標的」に向けてミサイルを発射するのである。ここでも、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ、家庭内暴力や薬物・アルコール依存に走るものが増えている。アラブ世界に生み出された甚大な人的・環境的な被害を見ても、外国を戦場にして行なっている身勝手な戦争が帰還兵士と共に米国に「帰って来る」ことで、米国内に生み出されている現実を見ても、「反テロ戦争」なるものの重大な過ちは歴然としている。

 日本政府は戦争法案の審議に際して、ホルムズ海峡の重要性を持ちだすなどした。アラブ世界の「激動」と「混乱」に乗じて、集団的自衛権の発動を目論んでいることが明らかだろう。私たちは、すでに15年間に及んでいる「反テロ戦争」が作りだしている、これらのいくつもの現実を頭に入れて、今後の反戦運動の展開を考えたい。

2015.03.15 毎日



関西共同行動ニュース No71