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ヘイトスピーチに見る二つの側面 【一橋大学名誉教授】 田中 宏

 ヘイトスピーチが、流行語大賞にノミネートされたのは2013年末だった。在特会(在日特権を許さない市民の会)が、京都朝鮮学校を襲撃したのは09年12月のことだった。このところ私は、高校無償化からの朝鮮高校除外の問題に取り組んでいる。

 12年末、自民・公明両党が政権に返り咲いて、最初に打ち出した政策が朝鮮高校除外だった。すなわち、12月26日に第二次安倍内閣が発足し、28日に下村博文文科相は、朝鮮高校除外を表明したのである。そして13年1月20日、朝鮮高校審査の根拠条項を削除する省令改定並びに朝鮮学校不指定の処分を行った。その直後の25日、東京朝鮮高校の関係者は、外国特派員協会での記者会見に臨んだ。席上、校長、生徒、保護者がそれぞれ発言した後、私の発言の番になった。

 私は、高校無償化からの朝鮮高校除外問題ではなく、もっぱら東京・新大久保でのヘイトスピーチについて発言した。数枚のプラカードの写真(Fuch Korea 以外は、 それぞれ英訳を付す)を用意し、政府の朝鮮高校差別とこうした言動が同時進行していることに留意したい、と発言した。記者からは、日本の警察は、これらのヘイトスピーチにどう対処しているのか、との質問が出た。一瞬虚を突かれた感じになったが、とりあえず、そのデモを許可しているだけです、と答えるしかなかった。

 13年4月になると、東京・町田市で新入生に配られてきた「防犯ベル」が、朝鮮学校にだけ配られなくなった、と報じられた。北朝鮮の核実験等あり、市民感情を考えそうしたらしい。何人かで市役所に出向き、朝鮮学校生の身の安全はどうなってもいいのですね、と問いただした。さすがに、撤回を表明し、朝鮮学校生にも配布され、ことなきを得た。この件に関連して、ジャパンタイムスの4月12日付社説「生徒は、政治的な人質ではない」は、次のように結んでいる。

 「今回の町田市の問題は、この国全体に吹き荒れる巨大な、非常に厄介な動き(a bigger,very disturbing trend)の一部である。幾つかの地方政府は、朝鮮学校への補助金支給を停止している。この2月20日、安倍内閣は、朝鮮高校を高校無償化制度から除外した。これらの決定は撤回されるべきである。生徒たちを政治的な人質として利用することは間違っており、そんなことをすれば、日本における朝鮮人差別を煽るだけである」と。


高市早苗と稲田朋美の日本のネオナチ団体代表とツーショット


 ここでは、明らかに日本におけるヘイトスピーチと公的差別とを結び付けて見ているのである。

 14 年3月、Jリーグの「浦和レッズ」のファンが、スタンドで「Japanese only 」との横断幕を掲げた(試合終了まで)ことが問題になった。今は、ネットでそれが世界を駆け巡る時代である。浦和レッズには、日本国籍を取得した李忠成選手がいることは広く知られている。日本サッカー協会は、異例の速さで浦和レッズに日本では前例のない無観客試合を課したのである。人種差別に対する国際社会の「厳しい目」を意識したことは言うまでもない。まじかに迫っていたサッカー・ワールドカップのことが頭をよぎったのかもしれない。

 14年7月、永住中国人の生活保護受給を巡る訴訟で、最高裁は、原告勝訴の福岡高裁判決を覆して、原告敗訴の判決を言い渡した。11年11月の福岡高裁判決は、「難民条約の批准等に伴い国籍条項の存在が問題となったところ、国籍条項を有する他の法律はこれを撤廃する旨の法改正が行われたにもかかわらず、生活保護法については、上記運用[通達による]を継続することを理由に法改正が見送られる一方、生活保護の対象となる外国人を難民に限定するなどの措置も執られなかったこと、その後…生活保護の対象となる外国人を永住外国人に限定したことが認められる。すると、国は、難民条約の批准等及びこれに伴う国会審議を契機として、外国人に対する生活保護について、一定範囲で国際法及び国内法上の義務を負うことを認めたものということができる」と、国際人権基準の受容を踏まえた説得力のあるものだった。



 そして、それを破棄した最高裁判決の結論部分は、「外国人は、…行政措置により事実上の保護の対象となり得るにとどまり、生活保護法に基づく保護の対象となるものではなく、同法に基づく受給権を有しないものというべきである」という。要するに、外国人は、通達による「恵み」としての保護は受けられるかもしれないが、「権利」として保護を受けることはできない、と断じたのである。すなわち、生活保護が受けられるのは
Japanese only というのである。浦和レッズの例のサポーターとどこが違うのだろう、と私は思うのだが、何故か、こうした指摘は見当たらない。

 「日朝首脳会談で、拉致事件問題が伝えられたことなどを契機として、朝鮮学校や在日朝鮮人などに対するいやがらせ、脅迫、暴行などの事案の発生が報じられていますが、これは人権擁護上見過ごせない行為です」 これは、意外と思われるかもしれないが、法務省人権擁護局が作成したチラシなのである。チラシに勇気づけられて、朝鮮学校の保護者が、高校無償化からの除外や東京都の補助金停止は、朝鮮学校への「いやがらせ」ではないか、と東京法務局に人権侵犯を申し立てた。しかし、それは人権侵害に当たらないとの返事が戻ってきた。このチラシは、私人に注意を喚起するのみで、公的な差別は対象外なのであろう。

 高校無償化からの朝鮮高校除外を表明した下村文科大臣は、その理由に「拉致問題に進展がない…」を挙げたのである。語るに落ちるとは、こういうことを言うのだろう。日本において、ヘイトスピーチ問題を論じるとき、それと政府なり公的機関による「差別」を関連づけて考えることが必要ではないかと私は思う。京都朝鮮学校襲撃事件について、京都地裁、大阪高裁、さらに最高裁が、人種差別を認定して高額賠償を認めたことは画期的である。しかし、京都の訴訟は、私人間の事件である。一方、公的な生活保護に関して、最高裁はJapanese only 判決を言い渡したのである。少しこだわりすぎだろうか。






関西共同行動ニュース No67