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安倍晋三とその内閣の歴史認識の根本はどこにあるか【反戦・反貧困・反差別共同行動in京都・代表世話人】 仲尾 宏

 第2次安倍内閣は衆参両院の選挙で圧勝することで、次から次へと矢継ぎ早に今後の日本とアジアにおいて重大な影響をもたらす政策を強行しつづけている。原発再稼動はもとより、沖縄と本土での米軍基地新増設、オスプレイ搬入を始めとする防衛予算の拡充、特定秘密保護法の強行採決、「残業代ゼロ」をめざす労働者の権利の剥奪、教科書検定制度の改変による「つくる会」系教科書の普及拡大など留まるところを知らない。そればかりかすべての重要人事条件をはじめとする首相権限、あるいは内閣(閣議)決定の先行など、統治方式を変換させ、事実上の「首相独裁」を実現している。これらは各種世論調査の結果から見て、なお日本人民の日本国憲法護持意欲は衰えていず、すぐの改憲提起は無理と見て、各個撃破による「日本国憲法体制」を事実上崩壊させる、という戦法だとみられる。
 かつて第一次世界大戦後のワイマール憲法を改正せずに、ナチス党の独裁を実現したヒトラーの手法に学んでいるかのようだ。



武藤一羊氏は戦後日本の政治原理としての三つの原理をあげ、その相克関係が戦後政治を規定してきたと述べている。その一つは「対米従属原理」であり、第二の原理は「憲法平和主義・民主主義原理」であり、第三は「帝国継承原理」であるとする。
 そして95年の村山談話と同じ時期に安倍も参加した自民党内の歴史検討委員会で採択された「大東亜戦争総括部会」はあの戦争は日本の自存自衛の戦争、アジア解放のための正義の戦争であったとして、この見解を公然化することが彼の真意であろう、と述べている。まさにその通りであろう。しかし、この理屈を簡単に日本人民の心に浸透させることは容易ではない。そこでこの「帝国継承原理」を政治勢力として拡大するとともに、日本人民の意識変革を大々的に進めた。まず「作る会」教科書の採択の拡大を手始めに産経・読売を筆頭とする新聞・テレビなどのマス媒体で論証抜きの一方的な主張をさせ、同じく着実な歴史研究などを一顧だにしない論客の論考・書物を書店にあふれさせた。
 その中心点は反中国、反朝鮮・韓国感情を扇動することである。「在特会」などの行動右翼の極端な街頭行動もまた人々の一面での嫌悪感とともに、その主張があたかも正当であるかのような「ネット右翼」の台頭を蔓延させている。彼らの主張することの中核的イデオロギーはいうまでもなく、排外主義であり、他民族に対する露骨な差別意識をあおることである。そしてそれと対にあるものとして安倍が第一次内閣の成立以後、ことあるごとに宣布してきた「美しい日本」「強い日本」「日本の文化的伝統の素晴らしさ」が位置する。日の丸・君が代の強制、天皇の政治的、文化的利用がそれに輪をかける。このようなナルシズムの応援なしに、人々の意識は変えられないことを十分承知しての言説である。敗戦後、いち早くこのような論点をのべたのが作家・林房雄の「大東亜戦争肯定論」であった。自民党や安倍の主張はほぼその論調をなぞっている。武藤氏のいう「帝国継承原理」の大々的な登場である。このような安倍の帝国継承原理優先はあたかも50年代末から60年にかけての彼の外祖父・岸信介が果たそうとして果たせなかった野望を自分一代で実現してやろう、という意気込みがあるのではないか、とさえ感じられる。



 一方、日本人民の側も弱点があった。まず、第一に天皇ヒロヒトの戦争責任を問わず、「一億総懺悔」してしまったこと。戦争の惨禍をまともに受けた被害者だったことのみに意識が働き、二千万人以上のアジア民衆を殺戮し、国内でも戦争に反対しつづけた少なからぬ人々の投獄・獄死したことへの思いがいたらず、ましてや朝鮮・台湾の植民地支配の実態がどのようなものであったかを知っていても口にはしてこなかった。
 つまり、あの戦争と天皇制ファシズム下の加害者であったことが意識されないまま、戦後数十年を経過してしまったことである。この点でも「これからは文化国家建設だ」などと吹きまくったマスコミの責任は重い。安倍はこのような人民側の思想的弱点を最大限に掬い取って「大日本帝国」の復活こそ、これからの日本のとるべき方向だ、という歴史認識を根づかせようとしている。単なるナショナリズム的歴史認識に留まらず、「戦争の出来る国=戦争に参加する日本人民の育成」「貧困をものともしない従順な労働者」「差別して当たり前の社会」をめざしているのだ。
 だが、果たして安倍の戦略は成功するだろうか。安倍の歴史認識はどこまで人民に浸透するのだろうか。残念ながら現在ではその戦略はなだれをうつように成功しているかのようである。現在の状況は1930年代の日本とよく似ているともいわれる。だが、異なる点がある。そのひとつは、グローバル化といわれる資本主義の矛盾が頂点に達し、アメリカの経済事態も危険な綱渡り状況にあり、世界のどこかでの経済的破局、政治的・軍事的緊張がグローバルシステムそのものを粉みじんにしてしまう危機に達していることだ。アジアでは、中国が経済的矛盾を構造的にかかえながらもかつて日本帝国の侵略をやすやすと受けたような状況にないこと。韓国もまた南北危機をかかえながらも日本産業界の競争相手として立ちはだかっていること、そして東北アジアのこの三国の経済的、人的依存関係がすでに不即不離の関係に立ち至っていることである。
 したがって、安倍の振り上げている対外政策の将来像はまさに実態を伴わない幻影、見通しのない対外方針であろう。だが、それに追従する大小の政治家や学者たちはそのことを視野にいれようとしていない。この点で安倍の歴史認識はその根拠が薄弱であるばかりか、行き先をもたない浮き草的幻影であろう。とはいえ、あらゆる権力・媒体を自由に駆使する彼の権力は強大である。ますますの闘いの継続・拡大こそが、彼の幻影を人びとに覚醒させる唯一の方法である。
(京都造形芸術大学客員教授)


関西共同行動ニュース No65