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憲法九六条の憲法改正手続き緩和論の問題点 【大阪経済法科大学教員】 澤野義一

昨年末の衆院選の結果、自民党が単独過半数の議席を得ただけでなく、改憲派議員が憲法改正に必要な三分の二を超える議席を獲得した。自民党第二次安倍政権下で、改憲諸政党は七月の参院選でも、改憲提案可能な改憲勢力の議席増をもくろんでいる。しかし現行憲法の全面改正には時間が相当かかるし、憲法九条改正など国民の支持をすぐには得られそうにない条項もあること、改憲派議員が何年にもわたり改憲提案議席を維持することができる保障もないことなどから、改憲派は有利な政治状況があるうちに、まずは憲法九六条の憲法改正手続きを緩和する改正を行い、その後で、いつでも容易に改憲を提起できるようにしておきたいと考えている。

安倍首相も憲法九六条の改正を先行させる意向を表明しているし、菅官房長官は政府として九六条改正に取り組むと公言している。改憲派野党議員らの中にも、それに同調する動きが出てきている。昨年には、自民・民主・日本維新の会・みんなの党の議員らで「九六条改正を目指す議員連盟」が組織されているし、本年三月には、民主・日本維新の会・みんなの党の三党有志議員らが「九六条研究会」を発足させている。国会審議において、当該政党議員らが九六条改正を首相に求める意見も目立つようになっている。今国会に「九六条改正原案」を提出する動きもある。

改憲派の憲法九六条改正論は、国会の改憲発議(議決)要件を三分の二から過半数に緩和するものであるが、それ自体は一九五〇年代の改憲論から一貫して提唱されており、新規な提案ではないが、九六条の先行的改憲論は近年の改憲論として出てきていたものである。

九六条改憲論の政治的意図は以上のようなことであるが、九六条改正の憲法論的正当化の口実として、九六条の改正手続きが外国憲法に比べ困難であることや、それが国民の改憲の機会を奪っているといったことも強調されている。しかし、そのような口実で憲法改正手続き緩和を正当化できるだろうか。また内閣や大臣による公然とした改憲提案や策動は許されるだろうか。

これらの問題点を検討する前提として、まず、憲法改正手続きの存在意義について言及しておきたい。概して憲法は歴史の進展に伴う変更の可能性を認めつつも、国家の根本を定める法であるため、一定の永続性が想定され、政権交代のたびに権力者に好都合なように憲法が変更されないようにしている。法律改正と異なり、憲法改正手続きが厳格に定められているのは、そのような考慮に基づいており、近代以降の憲法ないし立憲主義の常識である。日本国憲法九六条も、その例外ではない。

改憲論者が主張するのとは違い、外国に比べて日本の憲法改正手続きが特別に困難というわけではない。議会の改憲議決要件を三分の二にしている国は結構多い。さらに、日本と同様、議会の議決以外に国民投票を改憲要件にしている国(韓国など)もある。国民投票はないが、四分の三以上の州議会の承認を要件にしている国(アメリカ)もある。これらの外国憲法は改正手続きが厳格とはいえ、第二次大戦後、韓国では九回、アメリカでは六回の憲法改正が行われている。改憲が本当に必要になれば、改正手続きが困難でも改正が行われるということである。改憲派の憲法改正手続き緩和論は邪道である。日本国憲法の改正が行われなかったのは、改正手続きが困難であったことが原因ではなく、改憲の必要性が感じられなかったことに原因がある。

なお、憲法九六条の厳格な改正手続きは、日本国憲法の国民主権原理に基づく国会への体現であるから、国民主権などの憲法の基本原理の改定は憲法改正の限界を超えるため法的には認められないという多数説によれば、権力者に有利になる改正手続きの緩和は憲法の法理上疑問である。また、改憲手続き問題を価値中立的問題だとして、改憲内容と切り離して処理する「憲法九六条先行的改憲論」は、ミスリーデングである。

権力者に有利になる改正手続き緩和論に関連していえば、内閣や大臣による改憲主導も問題である。大臣等の公務員の憲法尊重擁護義務(九九条)を前提に、かつ、改憲発議は国会だけが有し、内閣は有しないという多数説によれば、首相や大臣が改憲発言や策動を行うことは違憲といえる。一九八〇年頃、大臣の改憲発言について大きな問題となったことがあるが、近年はこのような批判はメディアでもみられなくなっている状況にある。

他の憲法改正手続き緩和論の正当化論として、外国憲法は頻繁に改憲をしているが日本国憲法は一回も改正されていないことを、ドイツなどが戦後五九回も改憲している例を持ち出して説明する議論がある。しかし、この比較は問題である。ドイツ憲法では国民投票を要件としないので改憲はしやすいといえるが、憲法の基本価値を変更する全面改正は禁止され、憲法の枠内の改憲に留めている。この点は、日本の改憲論が国民主権、人権尊重、平和主義の基本原理を侵害する全面改正を企図しているのとは決定的に異なる。また、スイスなどは憲法改正を毎年のように行ってきたが、それは法律で定められるような条項を含む憲法であることに起因している。この点では、基本的ルールを定め、歴史の進展に柔軟に対応できる日本国憲法の構造とは異なる点に留意する必要がある。



3月8日 毎日記事



関西共同行動ニュース No62