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大阪府教育基本条例の問題点 【中京大学教員】大内裕和

大阪府教育基本条例は、11年6月3日に大阪府議会で成立した「君が代」条例の延長上に出されたものである。「君が代」条例は、府立学校と府下の市町村立学校の教職員に「国歌斉唱時の起立・斉唱」を義務づけた。これを引き継いだ教育基本条例では、「五回目の職務命令違反又は同一の職務命令に対する三回目の違反を行った教員等に対する標準的な分限処分は免職とする」とある。こうして「君が代」条例に基づく職務命令に従わなかった場合の、処分が具体的に定められている。教育基本条例は、「君が代」強制を徹底し、憲法十九条で定められた「思想及び良心の自由」に違反する内容をもっていることがわかる。



大阪府教育基本条例の前文では、「教育行政 からあまりに政治が遠ざけられ、教育に民意が十分に反映されてこなかった結果生じた不均衡な役割分担を改善し、政治が適切に教育行政における役割を果たし、民の力が確実に教育行政に及ばなければならない」と書かれている。さらに「教育の政治的中立性や教育委員会の独立性という概念は、従来、教育行政に政治は一切関与できないかのように議論され、その結果、教員組織と教育行政は聖域扱いされがちであった」とあり、教育の「政治的中立性」や「教育委員会の独立性」が、教育行政への政治の関与を妨げ、教育に民意を十分に反映させてこなかったという批判を行っている。
第三章「教育行政に対する政治の関与」では(教育委員の罷免)に関する条文が掲げられている。府教育委員会が、府知事が定める教育目標を実現する責務を果たさない場合には罷免となる。また府議会が、府教育委員会がその事務の管理及び執行を怠っていると議決した場合、知事は府教育委員会に対して是正を図るよう要請できるとされている。これによって、知事や議会による教育委員会への影響力は飛躍的に高まることとなる。
戦後の教育委員会制度は、教育行政の地方分権、民主化、自主性の確保の理念、とりわけ教育行政の政治的中立性確保という考え方に基づいて導入された。選挙で当選した首長や議員であっても、教育行政に直接関与することは政治介入であるとして、それを避けることが目指された。しかし、教育基本条例が実施されれば、教育委員会の政治的中立性は損なわれ、首長による教育への政治介入が行われることとなる。これは戦後の教育委員会制度の実質的な否定である。
首長の政治介入に加えて、教育基本条例には教育の新自由主義改革が多数盛り込まれている。府立高等学校の通学区域は府内全域とされることから、入学難易度の高い高校から底辺校まで、高校間格差はこれまで以上に拡大する。学校間格差の拡大は、学力が高く、豊かな家庭出身の生徒の選択幅を広げ、学力が低く貧しい家庭出身の生徒の選択幅を狭めることから、教育格差を助長する。
高校間格差を広げる政策をとった上に、学校の統廃合についても教育基本条例では規定されている。規定では、三年度連続で入学定員を入学者が下回るとともに、今後も改善の見込みがないと判断する場合には、府教育委員会は当該学校を他の学校と統廃合しなければならないとある。これは極めて大きな問題がある。統廃合がなされれば、生徒の高校で学ぶ権利は制約され、地域によっては高校で学ぶこと自体が困難となるだろう。このような状況が生まれれば、それは憲法二六条「教育を受ける権利」に違反する。



新自由主義に基づく競争の論理は、校長、副校長、教員の人事や評価にも徹底される。府教育委員会は、校長及び副校長を、任期を定めて任用する。雇用の安定的継続を保障しないことから、短期の間に明確な教育の成果を上げることが校長・副校長に求められる。
その一方で校長には、学校運営や教員に対する強い権限が与えられる。校長は学校運営に対する幅広い裁量権をもち、また採択すべき教科書を推薦することができるようになる。そして教員の任用や人事異動についても、校長の意向が重視される。さらに校長は教員及び職員の人事評価を行い、その五段階の人事評価の分布までが教育基本条例で定められている。この評価は教職員の給与及び任免に反映することから、校長の教職員に対する管理統制の力は極めて強くなるだろう。
校長による管理統制の強化は、教育現場にも多大な悪影響を及ぼす。過酷な人事評価の徹底は、教員間の格差を拡大することで教員を分断・差別化し、教育現場における教員の協力関係を困難とする。もう一方で人事評価を通じた管理統制の強化は、教職員の自由な教育活動を抑圧する。
校長の権限強化とその影響について論じたが、校長は任期が定められており、府教育委員会に対する立場は弱い。府教育委員会の意向に逆らってまで、自らの教育理念を貫徹することは困難である。また府教育委員会は、知事による強い統制下に置かれ、その独立性を奪われる。
知事は学校の教育目標を定め、府教育委員会はその目標を実現するため、具体的な教育内容を盛り込んだ指針を作成し、校長はその指針をもとに各学校の具体的な目標を設定する。そして校長はその目標を各教員に求め、各教員はその目標への貢献度に応じて評価される。府教育委員会、校長、現場教員が府知事の意向に逆らうことは困難を極める。つまり知事→府教育委員会→校長→現場教員という流れで、知事の政治介入が教育現場にまで貫徹する集権的システムが出来上がることになる。
「君が代」条例の延長上にあることからもわかるように、教育基本条例の一つのポイントは国家主義の徹底にある。それとともに、教育現場に競争原理を導入する新自由主義を貫徹させることが、教育基本条例の第二のポイントである。教育における新自由主義と国家主義を徹底させるルールとして、教育基本条例を位置づけることができる。新自由主義は教育における格差と貧困を促進し、国家主義は教育における管理統制を強化する。
こうした内容の教育基本条例は、教育における諸問題を解決するどころか、問題を一層深刻化させることになるだろう。教育への政治介入を許さず、人々の「教育を受ける権利」(憲法26条)と「教育の自由」を守るために、教育基本条例の成立を阻止することが重要だ。



関西共同行動ニュース No58