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●米国はなぜ、イラクとの戦争を欲したのか? 【朝日新聞・元中東アフリカ総局特派員】 吉岡 一

「ブッシュ政権が、なぜあれほど熱烈にイラクとの戦争を欲したかを、正確に知ることは永久にできないかもしれない――」著名な米経済学者ポール・クルーグマンが近著で書いている。はたして、本当だろうか。
イラク戦争の死者数について、死者は70〜 80万人に達したといわれる。09年1月時点でなお、国内避難民が200万人。国外には一時240万人が逃げ出した。これだけの被害を出した戦争について、その理由が永久にわからない、などということがあっていいはずがない。

■「対テロ戦争」
ブッシュ政権は開戦前、フセイン政権とアルカイダの協力関係を指摘していた。しかし、私が06年12月、アルカイダの拠点があったというクルド地域の山岳地帯を訪れると、彼らがフセイン政権と戦っていたのは現地では常識だと教えられた。
ブッシュ氏もラムズフェルド氏も、メディアが現地に全く近寄れない02年当時、それをいいことに勝手に「共闘している」と決めつけていたようだ。
あれほど喧伝された「大量破壊兵器(WMD)」もなかった。03年だけで、このように2つの開戦の名目が早々と破綻していた。翌04年初頭の段階で、米軍がなおも掲げ続けた戦争の大義名分は「テロとの戦い“War On Terror”」である。
テロ組織を、米国本土から遠い場所に封じ込め掃討するというのだが、イラク人には迷惑な話だ。
しかも、現実に米軍が戦っていた相手はイラク人だった。
ファルージャでは04年末までに2080人が殺害され、シーア派のマフディ軍もまた、ほぼ同じ規模の死者を出した。彼らを数千人単位で殺すことを、米国は「対テロ戦争」だと言い続けた。
だが、彼らは米軍がイラクにやって来るまでは、普通の市民だったのだ。

■イラクにおける「テロリスト」とは誰か?
米軍がイラクで戦った「テロリスト」とは、私が取材した限り、たとえばこのような人々だった。
小学生を米兵に射殺された母親であり、車のダッシュボードにあった護身用の銃を米兵に見つかり、アブグレイブ刑務所に入れられ、そこで人間ピラミッドや男同士のフェラチオを強制された元警官( 34)であり、家宅捜索に入った隣人が留守だったため、身代わりに拘束されたボストン大卒の工学博士である。03年9月、私が訪れたティクリート近郊の村では、77歳の老人が銃で殴られ青あざをつくっていた。泥壁の小さな商店では、タバコとコーラが米兵に略奪されていた。赤十字国際委員会は、米軍の拘束したイラク人の70〜 90%は無実だった、と報告している。
日本政府高官は当時「米軍は、プロのテロリストと民衆の分断を図っている」と説明していた。
しかし、米軍が実際にやっていたのは、「テロリスト」の量産だった。
他方、アルカイダ系勢力は、間違いなく「テロリスト」だ。彼らが狙うのはシーア派を中心とする一般民衆だった。07年になると、アルカイダは、彼らを「裏切った」スンニ派までテロの対象とした。
ただ、イラクのアルカイダといえども、そこに若者を送り出しているのはアラブ諸国の宗教、政治指導者である。すでに、イラクでの自爆は千件をはるかに超える。これだけの殉教志願者を送り出すには、出身地の共同体を納得させる十分な大義名分があるはずだ。
それが、イラクにおける米軍の存在である。
私は、アルカイダに聖戦士を供給するレバノン、イエメン、パレスチナで、政治、宗教の指導者と話し合った。彼らは一様に、「イスラム諸国のどこかに異教徒が侵略すれば、助けるのが宗教的な義務」といった。
米軍の存在が、アルカイダ戦士をイラクへと吸い寄せている。
それを防ぐ唯一の方法が、イラクからの米軍撤退である。

■「中東民主化」が目標だったのか?
戦争の理由として、「中東民主化」という話もあったが、米国が真剣に民主化を考えていると信じるアラブの民衆はほとんどいない。
ブッシュ大統領が、「中東における民主化の優等生」と呼んだレバノンは06年夏、イスラエル軍による徹底的な破壊を受けた。かなり自由な選挙で勝ったパレスチナのハマスに対する米国の圧力もまた、民主主義では平和は来ないということを印象づけた。イラクでは、米国が推す世俗派が選挙で負けると、圧勝したシーア派に圧力をかけ、単独で政権を握ることを許さなかった。
「中東民主化?それは、その国をイスラエルに敵対しない国にすること、という意味さ」親しいイラク人が、そう言い切っていた。

■石油が目的だったのか?
イラク戦争の開戦当時、戦争目的は石油だという話が流布された。米軍が、略奪の吹き荒れるバグダッドで真っ先に確保したのが石油省であり、イラク各地の石油施設だったことが、「陰謀論」に拍車をかけた。しかし翌04年6月、私が石油省に行ってみると、そこは「イスラム主義者」の支配下にあった。壁には「イラクから米軍を追い出せ」と主張する反米ポスターがべたべた貼られていた。
06年12月に訪れたクルド地域でも、石油開発に動いていたのは、ノルウエーとトルコの企業だった。米国が、自国の若者の命を何千人も犠牲にして「獲得」したイラクである。ノルウエー企業が入れるなら、真っ先に米国企業が入っていいはずだ。
日本や欧州を戦争に協力させる上で、戦争目的が石油資源確保という方が好都合だった。その方が、自衛隊派兵への国民の理解も得やすい。何しろ、日本の中東石油への依存度は90%を超えるのだから。ただ、米国の中東石油への依存度は10%ほどしかない。

■イスラエル
「石油目的論」を明確に否定したのが、「イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策」を書いた、J・ミアシャイマー・シカゴ大教授とS・ウォルト・ハーバード大教授である。
同書で2人は、「戦争の目的はイスラエル防衛のためだった」と言い切った。
確かに、米国にとって人命と経済の巨大な損失を被っただけの、無謀な軍事的冒険主義でしかなかったイラク戦争だが、イスラエルにとっては大きな成果となった。第二次大戦後、事あるごとにイスラエルを攻撃してきたイラクが破壊し尽くされたのだから。
中でも、イスラエルを「世界で唯一の神の国」とみなし、その防衛に強い宗教的な意義をみる米国のキリスト教右派が影響力を持った。
同じような宗教原理主義は、共に孤立感と過激化の一途をたどるイスラエルとパレスチナの双方で顕在化している。最近の紛争をみていると、キリスト教、ユダヤ教とイスラム教の宗教戦争へとますます収斂しつつある。神学論争に和解や解決はありえず、双方の殲滅戦争しかもたらさない。
ただ、イスラエルを非難し続けるだけでは解決に結びつかない。イスラエルを軟化させられるのは米国であり、20世紀初頭まで千数百年にわたってユダヤ人を殺害し、財産を奪い、追放し続けてきた欧州、ロシア諸国である。欧米諸国は、イスラエルの恐怖感とアラブ側の憎悪を和らげるための大胆な介入を実行しなければならない。


オバマ大統領は、「2010年8月31日でイラクでの戦闘任務は終了する」と宣言した。

関西共同行動ニュース No50