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自衛隊トップのクーデター的暴挙を許すな! 関西共同行動  中北龍太郎

▼田母神論文の狙い

田母神俊雄が航空幕僚長更迭の元になった「最優秀賞」論文「日本は侵略国家であったのか」の主題は、過去の戦争の正当化を図りそれをテコに再び日本を戦争の国に導いていくことにありました。まず、論文の流れに沿ってその骨子を見ておきましょう。
田母神論文で有名になったフレーズ「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である。」という歴史認識は、次のような低レベルの極右的陰謀史観から導かれています。@日本の朝鮮・中国への進軍は侵略ではなく、条約に基づく駐留だった、A国民党による日本人殺りくはコミンテルンの工作、B張作霖爆殺・盧溝橋事件は中国側が仕掛けたもの、C日本の支配下で台湾・朝鮮は繁栄し、大東亜戦争はアジア・アフリカの解放につながった、D日米戦争の勃発はルーズベルトの陰謀。これらはどれも歴史的事実に反するものばかりで、侵略戦争を進めた当の日本国家のプロパガンダか冷戦期のコミンテルン陰謀史観をなぞっているに過ぎません。
こうした歴史観の表明は、戦前の植民地支配と侵略を謝罪した村山談話への真っ向からの挑戦でもありました。こうしたデタラメな歴史観を持ち出して、日本は侵略といった悪を犯していない良い国だと盛んに強調する田母神論文のその狙いは、戦争のできる国家体制づくりの加速と飛躍を迫ることにあります。そのことは論文の終章で、「東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたものである。そしてそのマインドコントロールは戦後六十三年を経てもなお日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうというものである。自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使できない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている、諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。」という記述からも疑う余地がありません。ここで言われる「マインドコントロール」の対象は、日本が侵略国家であったという歴史認識です。この歴史認識を転換して戦争のできる精強な軍隊を作ろうという呼びかけが論文の総まとめにされているのです。

▼改憲クーデターの目論み
歴史の見直しを通じて自衛隊の現在のあり方を変えたい、自衛隊を縛っている憲法を改正したいという田母神の狙いは、更迭後の発言・論文でより鮮明になっています。十二月十六日に出版された単著「自らの身は顧みず」では、次のように訴えています。

(歴史観と国防)「戦後の呪縛と言うしかない自虐史観≠ェ、我が国の安全保障体制の確立を困難にしている」「誰が悪い国を命をかけて守ろうとするだろうか。防衛力の基盤は愛国心なのである」「国を守るというのに、制約ばかりが多いのが日本の国防の現実である。これでいったいどうやって国を守れというのだろうか。なぜそんなことになっているのかというと、日本は「侵略国」で悪い国だという戦後の思い込みがあるからである」。(村山談話)「村山談話こそが戦後のマインドコントロールの象徴なのである」。「村山談話は言論弾圧の道具だ」「村山談話は破棄されなければならない」。(国防の方針)「日本は自衛隊を送り出すにあたって「武力行使はしない」「武装も最低限」などと強調することで自衛隊を危機にさらしてきた」「防衛政策では専守防衛、非核三原則及び武器輸出三原則を見直す必要がある」「核シェアリングに踏み出せ」「北朝鮮に乗り込んで行って拉致事件の被害者の救出をやれるのは自衛隊しかいない」「敵地攻撃について議論ができないようでは、十分な攻撃準備は実施できない」。(改憲)「「集団的自衛権」の行使はいうまでもないが、自衛隊を軍と認めない日本国憲法も書き換えが必要である。」「解釈が割れないようにするためには憲法改正が望ましいが、それが困難である場合には、何らかの形の政府の強いリーダーシップが必要である」。
文民統制の最大の意義は、自衛隊を市民の代表ひいては市民の統制下においてその独走・暴走を防ぐという点にあります。侵略戦争の反省と非戦の決意から生まれた憲法九条は市民が作った平和のための権力に対するしばりであり、自衛隊を市民がコントロールする最も実効性ある法規範です。憲法の縛りから自衛隊を解き放ち、戦争のできる軍隊に脱皮させんがための田母神の言動は文民統制違反の最たるものであり、自衛隊トップによるある種の改憲クーデターというべきでしょう。

▼田母神事件と改憲
田母神事件によって、自衛隊も改憲勢力の一翼であることがあからさまになりました。海外派兵政策が拡大する中自衛隊は次第に外征軍化し、それにともなって自衛隊内で急速に強い軍隊への志向・願望がふくらんできています。そしてそれにつれて、強い軍隊への手かせ足かせになっている憲法九条に対する敵意が強まり、また、派兵政策と憲法との矛盾の拡大が隊員の不満をうっ積させています。名古屋高裁のイラク派兵違憲判決に対する感想を聞かれて、田母神は航空幕僚長として、「純真な隊員には心を傷つけられた人もいるかもしれないが、私が心境を代弁すれば大多数はそんなの関係ねえという状況だ」と憲法に対する不満を爆発させました。この発言や田母神事件は、こうした自衛隊内の空気を反映したものです。
田母神は自衛隊トップの位置にあって、懸賞論文と同じような見解を講義・訓話の場で教えたり、あるいは隊内誌で発表したり、また戦争を美化する「歴史観・国家観」の講座を開いてきました。このように戦争美化―強い軍隊作り―改憲イデオロギーが組織的に隊員に注入されてきたのです。隊員が多数懸賞論文に応募したのはこうした隊内教育の成果にほかなりません。
また、田母神事件の背後には改憲極右勢力が存在しています。田母神と改憲極右勢力との接点の一つになっているのが、懸賞論文を募集したアパ・グループの代表元谷外志雄です。その著書「報道されない近現代史」で示されている歴史観は田母神論文のそれとほとんど重なっていますし、彼は熱心な改憲論者でもあります。元谷は、小松基地の航空自衛隊を支援する「小松基地金沢友の会」会長として田母神や自衛隊幹部と親密な関係を作り、懸賞論文の審査委員には名うての戦争美化論者・渡部昇一などが名前を並べていることからも分かるように極右グループとのつながりもあり、さらに安倍晋三の後援会の副会長として改憲派政治家とのパイプも持っています。こうした信条・組織的背景を持った元谷なしでは、田母神事件が起きることはなかったでしょう。田母神の懸賞論文への応募や最優秀賞授与は、元谷を媒介にした極右改憲勢力と田母神の連携プレーであり、田母神事件は自衛隊トップと極右改憲勢力との共謀によって引き起こされたといえます。
田母神を航空幕僚長に任命したのは安倍首相でした。安倍の歴史観・改憲志向と田母神の持論とは基本的に共通しており、だからこそ安倍は田母神を任命したのです。安倍に代表される右派政治家と田母神とは本音のところでは侵略戦争美化―武力行使を目的とした派兵―改憲で基本的に同じ考え方です。しかし、安倍辞任後このような本音をストレートに表出できる政治状況にはなっていないため、右派政治家は巧みに本音と建前を使い分けしています。
田母神事件は、改憲が思うように進まない状況下、自衛隊トップが右翼勢力と結託して「自らの身は顧みず」の捨て身のポーズで改憲クーデターともいうべき突出した行動を引き起こして、改憲勢力の奮起を促さんとする野望が大きな動機となっています。自民党政府は、問題の沈静化を図るために建前論に立って田母神を更迭しましたが、本音のところでは、自衛隊トップの暴走をも改憲実現に利用したいと考えているに違いありません。
改憲クーデターを改憲奔流にさせないために、私たちの奮起が求められています。
関西共同行動ニュース No49