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『「混合診療」解禁論のまやかし、シッコの世界が現実に』 色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院内科医)

 【お忙しい中、色平さんに原稿を書いていただきました。色平さんは、関西共同行動に参加するなかで、十年前から長野県で無医村医療にたずさわってこられました。その活動は朝日新聞〇八年九月十三日付けに取り上げられています。残念なことに紙面の都合で一部割愛せざるを得ませんでした。色平さんと読者のみなさんにお詫びします。(編集担当者)】

 年金や薬害C型肝炎、そして後期高齢者医療制度問題で揺れる厚生労働省。そのどさくさに紛れて、規制改革会議(草刈隆郎議長・日本郵船会長)と日経新聞の一部の記者が、またぞろ混合診療の全面解禁を唱え始めている。

 必要最低限の医療に公的保険を適用し、それ以外の治療は自由診療として医療提供者側の裁量に委ねる混合診療の全面解禁は、国民皆保険制度を根底から覆すものだ。
その危険な実態は、公的保険が限定され、民間保険会社が医療を牛耳る米国にみてとれる。

 会社の保険料負担で高額な民間保険に加入する経営者たちは、手厚い医療を受けられるが、中間管理職以下は自費で高額な保険に入らねばならない。米国民の七人に一人は無保険者。金の切れ目が命の切れ目となっている。

■「患者の選択肢広げる」はまやかし
 元ハーバード大学医学部助教授で現在文筆業の李啓充さんによれば、米国の保険会社は支出を抑えるために病名や手術ごとに治療行為の「標準」=枷を病院や医師にはめる。心筋梗塞には四日の入院、乳がん手術は二日といった具合だ。乳がん手術を受けた患者は、体液を排出する管をからだに挿入したまま退院させられる。一日二回の点滴は看護師が行うが、ガーゼ交換などは本人か、家族がしなければならない。

 李さんは混合診療が「患者の選択肢を広げるのはマヤカシだ」と看破する。
たとえば脳疾患の術後、脳血管攣縮を防ぐニモディピンという薬がある。米国では認められているが、日本では未承認。日本の患者と家族は一刻も早く承認を、と願っている。

 そこで規制改革会議とその提灯メディアは、自由診療で未承認薬を使える混合診療を解禁せよと主張する。
 李さんは言う。「日本で四六歳の男性患者がクモ膜下出血で緊急手術を受けた際、この薬が使えなかった。非常に悔しかった。しかし、米国の大手企業社員が入っている低価格設定の民間保険でも、ニモディピンは一カプセル五十ドル(一日十二カプセル服用)。三週間飲めば、約百四十万円かる。日本の製薬会社は、自由診療枠でこの薬一カプセルに十万円の値段さえつけかねない。三週間で二千五百万円かかる。混合診療が解禁されれば、この値段が自由診療枠で固定化される。おかしいでしょ。いい薬なら、保険診療の枠に入れて誰でも使えるようにするのが本来の姿。金持ちだけがいい目をみるのは、医療保険制度の崩壊になる。」

 重要なのは安全で有効な治療方法や薬の保険適用(治験・承認)の迅速化である。混合診療の全面解禁は、百害あって一利なし。にもかかわらず規制改革会議と後押しをするメディアは解禁論を唱える。

■初歩的常識知らずの日経社説
そのきっかけになったのは、〇七年十一月七日の東京地裁「健康保険受給権確認請求事件」判決だ。
神奈川県の腎臓ガン患者の男性が、保険適用対象の「インターフェロン治療」と適用外の「活性化自己リンパ球移入療法」の併用にかかる医療費を全額自己負担するのは違法として訴えた裁判で、定塚裁判長は「健康保険に基づく療養の給付を受けられる権利を有する」と判決を下した。

 これを受けて規制改革会議は、混合診療の禁止には「法的根拠がない」として全面解禁を主張。
 日経新聞は〇七年十一月九日の社説に「混合診療の解禁は、比較的低い負担で患者の選択肢を広げるものであり、高く評価できる」「混合診療には公的医療費の膨張を抑える効果も期待できる」と書いた。医療制度の初歩的な常識さえ無視したもので看過できない。

 判決文を読めば、健康保険法の「法解釈の問題」と混合診療解禁がもたらす差額徴収制度による弊害への対応や混合診療全体のあり方等の問題」は、次元のことなる問題であることは言うまでもない」と、法解釈と制度運用をリンクさせることにクギを刺している。当然ながら混合診療を解禁せよとは踏み込んでいない。

■裁判の三つの争点
争点@ 複数の医療行為が行われる場合、それらを不可分一体の医療行為とみて、健康保険法六三条一項の「療養の給付」に該当するか否かを判断すべきとの国の解釈は妥当か。
争点A 原告が受けている「活性化自己リンパ球移入療法」は、以前、国が有効ならば保険診療に移行する時限的混合診療「特定療養費制度」 (現・保険外併用療養費制度)に入っていた。
争点B 同じ保険料を払っているにもかかわらず、混合診療になると保険診療部分も保険給付されないのは、憲法一四条(法の下の平等)に反するのではないかとの原告主張。

■ 医療経済に目覚めよ
判決全体を見渡しても、法解釈(その妥当性はともかく)と制度運用は切り離されている。
ここを短絡して日経社説のように「混合診療には公的医療費の膨張を抑える効果も期待できる」と唱えるのは誤った世論誘導につながる。
混合診療が解禁されれば、自由診療枠の医療費の膨張に引きずられて、それを下支えする保険適用分の公的医療費も増える。これは医療経済の初歩的知識だ。
さらには自由診療をカバーする米国型の民間保険が主流になれば、企業は保険料支出の増加を余儀なくされ、著しく競争力が損なわれることも確実である。
財界人よ、医療経済に目覚めよ、と呼びかけたい。

関西共同行動ニュース No48