街灯だけが光り輝いて、住宅やビルなどはその輪郭すらはっきりしないほど、真っ暗な夜。ほとんどの人が寝静まっているような時間に、僕はその夜の外にいた。
ひどく冷たい空気に触れて、顔の肌は痛いような何も感じないような、どっちつかずな感覚を伝える。そんなにも冷たい空気を大きく吸い込んで、ゆっくりと深く吐き出してみたりもする。そうすると、吐息は鮮やかな白さを持って、空気の中に溶け込んでいく。
ハーフパンツを履いて、その上に重ねてジーンズを履いて。上はシャツを着てトレーナーを着て、その上にジャンパーを着て。頭のほうは、髪を全部覆い隠すような形でバンダナを巻いて。それでもって、靴下は厚めのものを選んで、靴も分厚めのものを履いて。ついでに、両手は袖の奥に引っ込めて。それほどまでに着込んでいるから、あらわになっているのは顔だけで――だからなのか、顔から空気の冷たさを取り込んで全身に響き渡らせて、僕は身をぶるっと震わせた。
それでも僕は、あまりにも冷たい冬の深夜の空気の中を、ざくざくと歩いた。日付が変わる前に降ったのか、道の上にはびっしりと雪が積もっていて、純白の化粧をしたみたいになっていた。足を滑らせないように、慎重にその上を歩いていく。
歩きながら、空を見上げた。街の夜としては、街灯の明かりだけじゃ頼りないと思うのもあって、今、随分と暗く感じるけれど。それでも、星はあまり見えなかった。凝視すれば、微かな光点が見えないこともないけれど。絵に出てくるような満天の星空ってやつにはあまりにも遠い、暗い、黒いだけの空。本当はたくさんの星があるはずなのに、見えるのは数え上げてみても10個に届かない。こんな空から星座を、例えば今、冬の時期だったらオリオン座とか射手座とかを、ぴったりと指差せる人間なんて、ありえないだろうと思うほど、あまりにも星の無い夜空。
見上げながら、またゆっくりと息を吐く。そうすると、吐息は白をまとって、暗いだけの夜空に舞い上がる。けれど、その白は空の黒に一切混じらず消え失せる。それを見ると、なんとなく寂しくなった。
とりとめもなく考えをめぐらせながら、歩き続けて。冬の深夜、空気が一番冷える時間。口からだけじゃなく、鼻からの息も白く舞い上がる、そんな時間――意味もなく外に出ているわけじゃなくて、見たいものがあるから、僕は今、その見たいものが見れる場所を目指して歩いている。
しばらく、僕の耳には雪を踏みしめる足音と、自分の呼吸の音だけが届く。
横は車道だけど、車が通り過ぎる気配がないのは、今日――もう日付的には昨日が大晦日で、このあたりの人々が年の変わり目を家の中で迎えているからだろうか。そんな中、たった1人で外をうろついている僕が、随分と奇妙な存在のように思えてくる。
そうこうしているうちにいつの間にか、目指していた場所に辿りついていた。そこは、普段ふらりと旅に出る時も、電車の始発を待つ時に利用する、何のことはない広場。そこそこ開けていて、ベンチも用意されていて、ゆっくり待つには困らない場所――なんだけど、今日はベンチも雪化粧をしていて、座ることができなかった。
しょうがないので立ちっぱなしで待つことに決めつつ、近くの街灯の下に移動して、左の手首に巻きつけた腕時計を見た。午前の5時半だった。確か、夏だったらこの時間にはもう空は明るくなり始めていたけれど、冬のこの時間、まだ空は暗かった――間に合った。
歩く足を止めて、また深呼吸をして白い吐息を舞い上がらせながら、空を見上げた。あとは、待っているだけでいい。時間が来れば、僕が見たいそれは必ず見られるのだから。
空気があまりにも冷たくて、凍えそうな気がするけれど。待つだけと言ってもその時間はあまりにも長くて、我慢勝負という感じもするけれど。それでも、毎年、必ず見届けたいものが、今の僕にはあった。
黒一色だった空が、ほんの少しずつ色づき始める。見つめている分には絶対と言ってもいいほど実感できないような、けれども確実に進んでいる変化。
今日もまた、日が昇る。けれどもその日の出は、今年に入って最初の日の出。別に、だからと言って他の日のそれと変わったところはないけれど。一般的な意味で、どうして初日の出が特別視されるのかは理解できない、けれど。どうせなら自分なりに特別な意味をくっつけてみるのも、いいだろう。
そんな感じで、今年も僕は初日の出を見届ける。その日の出を前に、今年の行く末を空想してみたりする。
願わくば、今年も多くの人が幸せでありますように。
そして、僕もそのための手助けが少しでもできるようになれますように。
幸せが、訪れますように。
お題バトル参加作品
テーマ:冬
お題:純白、オリオン座、吐息、日の出
参加者:哉桜ゆえさん、久能コウキさん、ねこK・Tさん、竹田こうと
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