「なあ、お前さあ」
「なぁに?」
「なんで俺なんだ?」
ある日突然。
事前に約束とかしてたわけでもなんでもなく、いきなりそいつは現れて。
で、2人でどっか行こうといきなり言い出した。
しかも俺が返事する前に、そいつは俺の腕を引っ張ってさっさと歩き始めた。
そして俺は今、日の沈んだ空の下、やたらとネオンサインの光り輝くゲーセン街の一画で、格ゲーをやらされている。
やらされてるっつっても、一度コインを投入したからにゃあ、遊びつくさないともったいないわけで、手抜きなんぞできないわけだが。
しかもそういう時に限って、乱入対戦に延々付き合わされる羽目になったりもする。コンピューター相手よりは刺激になっていい感じだけど、延々続くと、お前どれだけ金の無駄遣いやる気だと呆れてくる。
そんな俺の気を知ってか知らずか、横で見てる女は俺の操作に全力で一喜一憂する。派手なコンボを決めてみればすごいと言い、逆に喰らえばヤバイと言い、1セット取れば喜び、取られれば落ち込む。いちいちそんなリアクションを返してくるのが見ていて楽しくて、ついつい俺もゲームに熱が入る。ああ、なんだかんだ言って俺ハメられてるなあと、プレイの合間に思ったりする。
しばらくは、ただただそうやってどれだけ粘れるかを自分の中でひたすら追及してみたりして。とりあえずはまあ、彼女が飽きるまでは頑張ってみるかと考える。本当に飽きる時が来るのかどうか、甚だ疑問ではあったが。
ゲーセンに入った時は、まだ空には暗いながらも青色があった。それが、出てきてみるとすっかり真っ黒くなっている。いったいどれだけの時間頑張っていたのかと携帯を見たら、19時。確か、ゲーセン入ったのはまだ16時台だったはずだと思い出しながら、そんなに粘ってたのか俺と感心して、それから隣を歩いてる女に目を向ける。
俺もそうだったが、女は制服を着ていた。俺らは学校から直でこの賑やかな街の中にやってきた。黒いポニーテールを可愛く揺らして、見た目も結構可愛いもんだと思う。可愛いから、妙に街の中では浮いている感じだった。すれ違う女どもは茶髪だったりどぎつい化粧してけばけばしかったりするのに、隣の女は化粧っ気も髪を染めた気配もなく、可愛い中に艶やかさってやつを秘めている感じだった。
だが、俺をこの街に引っ張ってきたのは、間違いなくこの女なのだ。普通なら逆のほうがイメージされやすいかも知れないが、俺は連れてきたんじゃなくて連れてこられた側だった。
見た目の可愛らしさとは裏腹に、この女の性格がお世辞にも普通とは言えないことは、初めて関わった時から知っていることではあった。が、性格を知ってるからと言って、行動が読めるかと言えばそうとも限らず。
しかも、この女にはもう俺以外に彼氏がいるのだ。しかもこの女とその彼氏ははっきり言ってラブラブだ。俺が介入する余地なんぞどこにもないほどラブラブなのだ。間違いなく。
それなのに、どうしてこいつはこんなところに俺を誘ったのか。何か矛盾を感じずにいられないから、俺は訊ねた。
「だって、こういう場所って漂くんに似合わない気がしたんだもん」
返ってきたのはそんな言葉だった。思い浮かんだ突っ込みの数に、俺はまず苦笑を浮かべた。
「俺なら似合うのかよ。ついでに言うとお前にも似合わねえ気がするんだが。んでもって、今ここにいるってこと、咲良や親御さんは知ってんのかよ」
いっぺんに訊いてもちゃんとした答えは返ってこないだろうが、とりあえずまくしたてたい気分になったので俺はそうしてみた。しかし女は困惑した様子を見せず、突っ込みにひとつひとつ答えていった。
「漂くんよりは似合うと思うわよ。それと、別に似合わないから何だっていうの? あたしはあたしの思うままにしたいだけ。あと、連絡はしてない。今日決めたばっかだし、連絡しちゃうと面白くないもん」
わざとなのか天然で言っているのか、返ってきた答えはどれもはいそうですかとは納得しづらいものばかりだった。
なので今度は噛み砕いて質問してみよう。
「なんで俺は似合うと思ったんだ?」
「漂くんより悪そうだもん、あなた。名前はホーリーマンのくせに」
「ホーリーマン言うなコラ」
反射的に噛み付いてしまい、ハッとしてから咳払い1つして、とりあえず理由には納得してやる。
確かに、少なくとも俺は良い子ちゃんじゃあないのは確かだった。煙草吸うし。隠れてだけど。
「あー、次。咲良に似合わんっつっといて、お前は似合わなくてもいいって、矛盾してねえ?」
「別に、矛盾なんてしようがないじゃない。漂くんは漂くん、あたしはあたし。あたしのことはあたしが決めるんだから、そもそも関係ないわ」
「じゃあ俺も俺なんだが、その割には今日のコレ、断らせてくれなかったよな?」
「嫌だった?」
「ヤじゃねえけど」
「じゃあいいじゃない」
乗せられた。断る余裕がなかったのもあるが、結局、嫌だったわけじゃない。むしろ多少なりとも楽しんでいたと自分でも実感があったりする。
また変に納得しながら、それ以前に向こうに結論付けられちまったので、息をついてから次に行く。
「咲良とか、怒るんじゃねーのか。連絡してないってよ。つーか、面白くないって何がだよ」
「怒るかもね? むしろ怒らなきゃ間違ってるでしょ、漂くんや母さんがあたしを好きならね」
「なんじゃそりゃ……わざわざ怒らせてえのかよ」
「だって、怒るってことはそれだけあたしのことが大事ってことよね?」
言いながらくすくすと笑いやがった。大事だから怒る、というのはわからんでもない。だがこの女、どうやらそれが面白いと言っているらしい。だからこういう行動に出るのかと思うと、なにやら本当は関係のないはずの俺まで頭が痛くなりそうだった。
「このM気質め」
「人聞きの悪いこと言わないでよ」
さすがにむっとして、きつい口調になった。だがそれがまた可愛らしいもんで、思わず俺は笑い声を漏らす。それがまた怒りを買ったらしい。
「あーもう、むっかつくわーそれ! 腹立つからもっと付き合いなさい! 文句言わせないからね!?」
「へーへー、好きにしなせえ、お姫様」
「ごめん、なんか余計腹立つから姫呼ばわりしないで」
「なんだよ、わがままだなお前よー」
「言ったでしょ、あたしのことはあたしが決めるの! とにかく、やめなさいっ!」
「ああもう、叫ぶな叫ぶな、わかったよ、宮月、これでいんだろ?」
言いながらも、俺は笑いが止まらなかった。単純に目の前の女が面白くて、しかもずっと可愛いもんだから。
「笑うな、今すぐ笑うのやめて! じゃないと殴るよ!?」
「だっておもしれーんだもんよ。確かに、怒らせてみるのも悪くねえな?」
「っあー! キレた! あたしキレた!! 死ねこのエセホーリーマンっ!!」
「ぅあいってえっ!?」
脛に痛烈な衝撃が走って、爪先で蹴られたのだと自覚する前に、俺は反射的に蹴られた脛を押さえてうずくまっていた。情けねえことに、目に涙が溜まっている。マジ痛ェ。つうか、殴るっつっといて蹴りかよこの女。
「ふん、天誅よ」
「お、お前なァ……」
だが、それでも不思議と気分は悪くない。蹴られるようなことを言ったって自覚はあるし、向こうだってそれに対して遠慮はしなかった。そういう関係が気持ちいいのかもしれない。
あくまで横取りするつもりはないが、それでも付き合える限りは付き合うのも、悪くないだろう。
「ほら、さっさと立ちなさい! 今日はとことんまで遊ぶわよ!」
「遊ぶの俺だって、お前、見てるだけじゃねーか……はいはい、わかりましたよ〜」
すたすたと早足で歩いていく宮月を、俺は足の痛みを我慢しつつの小走りで追っていった。