昔から、うんざりするような状況に陥ることがよくある――最初はうんざりじゃなくて、痛くて苦しくて嫌なものだったけど。
なぜか、いきなり呼び出しをくらって、校舎の裏とか、そういう人気のない場所に連れて行かれて、数人に周りを取り囲まれて。僕の後ろは壁で、逃げ場はない。
そして、こう言われる。
「なあ、お前最近調子乗ってるよなァ?」
僕の何を見てそんなことを言うんだろうか。とりあえず、こいつらの行動は僕から見れば、無理矢理断頭台に上がらされているような感じで。それも、ただ気に食わないってだけで人を死刑にしようとするみたいな、そんな雰囲気がぴりぴりと感じられる。
「何の用……こんなことして、さ」
「てめえ、自分の今の立場わかってんのか?」
筆頭らしいやつが前に出て、僕の胸倉に手を伸ばす。とりあえず今は大人しく掴まれておく。けれど、別にこの程度で表情を変えることはない。まだどうとでも対処できる状態だ。
「わかってんだったら、そんな反抗的な目つきはしねェよな? あァ!?」
男はそう言って、もう片方の手を振り上げた。どうしてこう、わかりやすいというか陳腐というか、そんな言動ばかりこいつはするんだろうと、僕は少し溜息をつきながら、相手の拳が降ってくる前に素早く膝を跳ね上げた。
その膝は無防備だった男の股間に思いっきりめり込んだ。呆れるくらいに手応えが良い。男は猛烈に表情を歪め、僕の胸倉から手を外して、両手で股間を押さえながらうずくまった。
「てんめェっ!!」
残り4人が激昂し、一斉に襲い掛かってくる。完全に一点集中する前に、僕は右側の男の腹の辺りを狙って、勢いをつけて突進した。
「どわっ!?」
カウンター気味だったのか、男の体はあっけなく吹っ飛び、横になってごろんと一回転。それで囲みに穴ができたので、そこから脱出しつつ、吹っ飛ばした男の腹をもう1回両足で踏みつける。ぐえっと汚いうめき声が聞こえて、そいつは苦しそうに腹を押さえて悶絶していた。戦闘不能、2人目。
その間にも、ますます激昂した3人が僕に襲い掛かってくるが、僕が包囲の右に抜けたことで、そいつらは1列になっていた。それにも気づかず駆け寄ってくる姿を見ていて、僕は哀れみすら覚えた。喧嘩売るならもう少し攻めるパターン考えたらどうなんだよ。
思いながら、僕は一番前の男に再び突進をした。相手は拳を振りかぶっていたので、殴られないようにタイミングを計って、身をかがめて。バランスを崩させるように、また腹部から股間の間あたりを狙って。
「どおっ!?」
「ば、うわああっ!!」
最初に突進食らわせたやつから悲鳴、続いてその吹っ飛ばしたやつにぶつかった後ろのやつらの悲鳴。3人全員が地面に転がった。とりあえずここまでやればもう逃げるのも余裕なんだけど、むしろここはもう少しお灸をすえるべきかと思った。
転がっている3人の中で、一番前だったやつの背中を思いっきり蹴っ飛ばす。そいつはえびみたいにびくんと大きく跳ねて、それから呼吸を苦しそうにして悶える。3人目リタイア。
その間に4人目と5人目が起き上がって、あからさまに逆上して何か叫びながら突進してくる。やればやるほど冷静でなくなっていくそいつらをいなすのは、簡単なことで。
いいかげん繰り返しすぎかなと思いつつも、また前のやつにタックルを食らわして。4人目はそれで吹っ飛んで5人目にぶつかり、倒れこんで苦しそうに咳き込む。トドメをさす必要はなさそうだったので放っておいて、5人目に向かって駆けて、そのまま腹を思いっきり踏みつける。またぐえっと声がしてそいつも悶絶して、終了。見渡すと、5人全員がのた打ち回っている奇妙な光景になっていた。
絡まれたのは僕だけど、でも掠り傷の1つもなくて。一方の相手は血気盛んに挑んできたくせにボコボコになっていて。こういう現場を見つかったら悪いって言われるのは絶対僕だ。だから、誰かが来ないうちに、小走りで僕はその場を去っていった。それでも5人は悶絶しっぱなしで、誰が追ってくる気配も感じられなかった。
時間はそんなにかからなかったけれど、それでも体力は結構使っていたらしい。少しではあるが息切れしている自分に苦笑する。まあ、追い払うのに苦労しなくなっただけましかなと思う。あまりいいことじゃないけれど、悪いことでもない。
今日つけられた傷はないけれど、昔の傷は未だに残ってる。正確には痣――小学校時代から、一方的に相手に殴られ蹴られ続けたせいで、残ってしまっている、傷痕。今も昔もそういう不条理な暴力に遭って、最初は何も出来なかったけど少しずつ反抗のやり方を覚えて、今のレベルまでどうにか到達して。
自分がやり方を覚えてみると、相手のほうは意外と頭が良くないんだってことに初めて気づいた時には、いけないとは思いつつも笑いをこらえ切れなくて。結局、相手は何人で来ようと、頭が悪いというかやり方があまりにも稚拙だから、抜け道が有り余っているくらいだ。
ただ、力を持っていようと持っていまいと、火の粉の降りかかる度合いにはあまり変化がないらしくて、今では本当にうんざりさせられる。何をどうすればそれがなくなるのかは、今はまだわからない。
ふと空を見上げた。まだ学校の中にいるような時間なので、太陽は出ていて明るいし、今日は雲が少なくて綺麗な青空。今は昼休みだから、なおさら青色が綺麗に感じられる。
ただ、星は見えない。昼間に星は見えるはずもない。太陽の光が強すぎるから。昼間に星として光ることができるのは、自分からじゃなくて、太陽の力を借りて光る月くらいのもので。それ以外の星は皆、太陽が出ている間は自分を主張できずにいて――どうしてこんなことを考えるのだろう、と今更他人事のように思う。
もしかするとあいつらから見て、僕は太陽であり。そのせいで自分たちの思うままに出来ないから、僕を潰そうとしたのだろうか。もちろんあいつらは太陽だとか星だとかいう考えで僕を襲ったわけじゃないのだろうけれど。
だけど、太陽は必要なものだ。太陽があるから地球がある。地球があるから、僕ら人間や、動物、植物が生きていける。月は、太陽の力を借りて光る。そして地球は、太陽の力を借りて生きている。
そういう太陽にならものすごくなりたい。あるものを覆い隠すような太陽じゃなくて、あるものに力を与える太陽に。そういう存在になりたいと思う。
実際にそういう使い方が出来ているかどうかはわからないけれど、とにかく今、僕の手元には力がある。だから、誰かに力を与える太陽になることは、出来ないことじゃないはずだ。
そう思いながら青空を見上げ、僕はそこに向かって拳を突き上げた。