事件の終わり――旗村宗次

 終わりが見えそうにないと思ってた事件は、拍子抜けするほどあっけない幕切れを迎えた。犯人は細川の家からは逃げ出したものの、マンションの入り口の近くで明原さんに捕まったらしい。

 聞いた話では、その時犯人は相当痛めつけられていて、抵抗する気力をすっかり失っていたところを、マンション管理人の通報で駆けつけた警察に御用となったそうだ――この時は、明原さんが暴行罪でひとまず補導、犯人はただの被害者として事情聴取を受けるという形になったらしい。

 その後、明原さん本人に加えて俺と管理人さんの証言、犯人の持ち物から出てきたピッキング道具という証拠、そして精神的に冷静じゃいられなかったのか、犯人自身も細川の家での犯行を認めただけじゃなく、咲良と宮月を襲ったのも自分だという話を自供したとのことで、逮捕という流れになったらしい。

 さらに後日調べた結果、犯人の家やあの黒ワゴンの中からは、細川への異様な執着を示す証拠が続々と出てきて、さらに細川の家にも盗聴器やCCDカメラなどが仕込まれていることが明らかになったという。

 また、細川とその親御さんはすぐさま救急車で病院へと運ばれた。親御さんは頭を強く打っていて危険そうだと言われたものの、その後の処置で無事に一命を取り留めたそうで。一方、細川本人はそもそも目立つような外傷はなかったものの、救急隊員の人が話しかけても反応を何も返さなかったりで、精神的な面が非常に心配だということだった。



 ここまでは、警察の人や救急隊員の人たちから直接説明された話だ。






 そして、後になってニュースで言われて知ったこともある。

 犯人の名前は西川遼介(にしかわ りょうすけ)、29歳の会社員、しかし本来肝心な会社のほうはというと、捕まるまでの2日間は無断欠勤していたそうだ。それまでは細川への執着を隠し持ちつつも真面目に会社に通っていたんだろうに。

 とはいえ心境の変化があったというのはタイミング的にはわからなくもない。一度細川をさらおうとして、咲良と宮月に重傷を負わせた時だ。肝心の目的が上手くいかなくて、焦りでもしたんだろうか。



 とにかく、犯人は捕まった。
 けれど、どうにも後味は悪かった。終わったからって何もかもが解決するわけでもないし、むしろ残された傷の大きさばかり実感してしまう。



 宮月、咲良、それに細川の母親さんが重傷で入院中で、しかも後ろ2人は未だに意識が戻っていないそうで――まともな生活に戻るのには時間がかかりそうで。

 細川は同じく入院中で、精神的な問題が心配されていて。さらに明原さんは犯人を捕まえたことが考慮に入れられたものの、学校から停学1ヶ月と言われたそうだ。



 そんな結果を残して、とりあえず事件は終わった。

 俺の身辺が落ち着いたのは、犯人逮捕から2日後のことだった。

 警察に話せることは全部話したし、そうなると俺にはもうやることがない。

 教室のほうでは興味本位に事件のことを訊いてくるやつがやたらとたくさんいて、いつもなら相手をするところだったが、今日はうっとうしさが先に来てしまい、人目を避けるようにして、昼休み、俺は屋上でだらりと寝そべっていた。

 そうするとずいぶんと暇なもんで、だから考える時間だけがたっぷりとあった。そして、事件のことばかり考えた。



 あの事件は結局、何か意味があったんだろうか。誰が喜んだだろうか――誰もいないだろう。傷つけられた人間はもちろん、犯人だって最後は警察に捕まった。事件にかかわった人間のほとんどが何かの形で馬鹿を見てるのを思うと、気分が悪くなる。
 みんな、苦しんだだけ。ただ、それだけ。

 もとはといえば、犯人のクソ身勝手な欲望から起こった事件。そのせいで、かかわった人間が何かの形で傷ついた。ただそれだけ。幸せなことなんか何もない。教訓ってやつすら何もない。

 考えているうちに、気分が悪くなって、ムカムカしてきて。結局、やり場のない怒りだけが膨らんできてしまう。それを感じれば一旦は考えるのをやめてしまえるものの、しばらく経つとまた考えてしまい、また怒りを感じる――その繰り返し。



 これは、不条理ってやつだろうか。誰も喜ばず、ただ傷つくだけの出来事。前に進むためのものが何も生まれない、そしてもともとあったものが傷つき壊れていくだけの出来事。そういうのが、不条理だって言うんだろうか。
 だとして、今の俺が出来そうなことと言えば、傷ついた人間の回復と、そしてこんなことが2度と起こらないようにと、その2つをただ祈っているくらいしか思いつかなかった。

 だからこそ、思う。



 俺はこんなことを許さねえ。

 不条理を、許さねえ。

 こんな思いを俺にさせることなど、絶対に許さねえ。



 そう思いながら、たったひとり傷つかなかった俺は、傷ついた人間が帰ってくるのを待ちながら、日々を過ごしていた。

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