14.欠けてはいけない僕ら

 気がついた時には、翌朝を迎えていた。
 意識がはっきりしないながらも体を起こしてみる――床の上で寝そべっていたことに今更気がついた。確か、夜はベッドの上にいたはずなのに。落ちても何も感じなかったとなると、相当深く眠っていたらしい。
 そのベッドの上には、未だにすうすうと眠っている宮月がいた。起こすのもためらわれるほど気持ちよさげに眠っている。
 今日は何曜日だったっけか。ぼんやりした意識では思い出せないでいる。曜日によっては、結局どれだけ気持ち良さそうに眠っていたって、起こさなきゃならないから。確認しておく必要があるわけで。
 着替えないまま、宮月を置いてそっと部屋を出て、リビングにふらふらと足を運ぶ。
「あら、漂。おはよう」
 すでに朝の支度に取りかかっていた姉さんから、声をかけられる。おはよう、と低く小さな声で応じつつ、もう点いていたテレビを見やる。
 けどテレビのほうは時間は常に表示されていても、何月何日何曜日かは表示されていない。それでもって今はニュースを流していて、曜日情報は画面のどこにも見当たらなかった。
 見ていればそのうち出てくるかもしれない情報だけど、面倒くさかったので、
「今日って何曜日だっけ?」
 姉さんに訊ねた。答えはあっさりと返ってくる。
「土曜日よ。第2だから今日は学校休みでしょう?」
 言いながらも、姉さんは朝食を4人分用意している――宮月も起こさなきゃいけないらしい。あと、姿を見ないところからすると、浩都もまだ起きてきてないみたい。休みの日だから、焦らなくてよかったと思いはしたけれど。
 部屋に戻ると、相変わらず宮月は眠っている。慎重に、軽くその体を揺する。



「宮月、宮月」



「……ん……」



 声が漏れて、もぞもぞと寝返りっぽく体が動いた。眠りが浅かったらしい。



「もうすぐご飯。朝だよ」



 続けざまに声をかける。再度声を漏らした後、宮月はのろのろと体を起こしてきた。



「ご飯……? 今、何時?」
「7時半。朝だってば」
「朝……朝ごはん? 今日、休みじゃなかったっけ〜……」
「いや、休みでもご飯は食うじゃん」
「休みの日に朝なんて食べないよ〜……あ、漂くんちだと食べるんだ……?」
「……抜くのかよ、普段」
「だって……休みって言ったら昼まで寝てるんだもん〜……」
 横から起こされたせいなのか、寝ぼけているようで不満の色も混じっているような、そんな口調と声だった。
「てか、休みだからって朝抜くなんて……1日3食が基本じゃんか」
「え〜、別にそんなことないよ……朝抜いたって全然困らないし〜?」
 ……なんだか不健康に聞こえるような、けれど寝ぼけ気味ながらもさもそれが普通だと言わんばかりの宮月の口調に、どう反論したものかと迷ってしまう――じゃなくて。
「ともかく、もうすぐ朝ご飯の用意できるから。起きた起きた」
「はぁ〜い……、……ありがと」
 最後、それまでと明らかに違う真面目な声が飛んできたが、気にしなくていいからと返しておいた。












 さっきまでの眠たげな様子はどこへやら、実際に朝ご飯を食べていると、宮月が一番騒がしかったりした――こっちにとってもいい目覚ましになるし、騒がしい理由はと言うと、やっぱりご飯の出来の話だったりするんだけど。
 大盤振る舞いのつもりなのか、食卓に出ていたのはたくさんの一口サイズのトースターサンドだった。宮月は、一口食べてはパンのサクサクとフワフワのバランスが絶妙だとか、具がとてもおいしく作られてるとか言ったことを、どこかうっとりしながら語る。それに姉さんは落ち着いた様子で、でもどこか嬉しそうに応じる――が、その横でまた浩都ががつがつと節操なしに、次から次へとサンドイッチを頬張っている。朝なのに食欲旺盛なことだ、と見ていて思い――連鎖する。
 昨日もそうだったけど、賑やかな食卓っていうのはここ数年体験してなかったもので。見ていて、感じていて、自然と気分がよくなるっていうか、ほのぼのとしてくるっていうか。具体的にどう言ったらいいかわからないけれど、とにかくいいものだと思う。
 無意識に頬を緩め、時々口を挟みながらも食卓上の会話の成り行きを見守っている僕がいた。
























「で」



 宮月が切り出す。話があるって言われて、浩都と一緒に集められて、今、僕の部屋。
「2人とも、何か夢見なかった? あたし、すごく記憶あるんだけど」
 そう言われて、僕も浩都もほぼ即答のタイミングで頷いた。
 確かに覚えがあるのだ――あの夢は、空間が異質だった以外は、なんら現実と変わりないように思えた。あの中で僕ら3人はいつもの感覚を持って、話し合ったりじゃれ合ったりしていたのだから。
「あれ、何? あれがただの夢だなんて、2人とも思ってないよね?」
 続いた問いかけに、またも2人して頷く。すると宮月もうんうんと頷く。自分と僕らが考えていることがおそらく同じであると、ひとつひとつ確認しているみたいだった。



「……何だろう」



 ただの夢じゃない。だけど、だったら何だと言われても、僕らは答えを持っていない。
 ただの夢じゃないと言い切ってしまったけれど、偶然ああいう形をしていただけで、ただの夢の1種類に過ぎないのかもしれない。これだと言える答えは、僕にはない。
 宮月もそこは同じらしく、怪訝な表情を浮かべていた。答えが出なくてどうしようもないけれど、諦められもしない。そこにあるのは、言いようのないまどろっこしさ。



「え、2人とも気分悪いのー?」



 ひとりだけ能天気なのがいた。きょろきょろしながらきょとんとした表情を浮かべている――もともと、考えるのはこいつの役目じゃない。少なくともこの3人のなかでは、だけど。
 言葉に対して、宮月が微笑みつつ、浩都の頭を優しく撫でる。
「気分はねー、大丈夫よ。観沙さんのおいしい朝ご飯食べたからねー」
 なぜかその言葉に僕がむずがゆさを覚える。褒められたのは僕自身じゃないのに、恥ずかしくてそうなっている、みたいな。
「じゃ、なんで2人とも、むずかしー顔してんの?」
 心底不思議に思っているような声と表情。宮月から話を振られて、それを考えようって話をしていたのに、聞いてなかったんだろうか。
「んー。浩都くん、夢、見たって言ったよね?」
「うん、見たー。漂にーちゃんと草那おねえちゃん、出てきてた」
「ただの夢だと思う?」
「ううん」
 会話のテンポが早い。質問に対して浩都が首を横に振ると、また宮月は続けた。



「じゃ、なんだと思う?」



 僕と、おそらくは宮月も悩んでいただろう疑問にたどりつく。けれど、浩都は違っていた。その質問に対しても、よどみなく答えた。






「つながりー」






 たった一言。即答。訊いた方は思い切り怪訝な顔をした。



「え、えーと……答えになってないんじゃ」






「なんでー? おれと、漂にーちゃんと、草那おねえちゃんにしかない、ひみつのつながりなんじゃないの?」






 宮月がさらに問おうとする前に、僕が思わず吹いてしまった――面白くて。
 現象の説明にはなっていない。けれどもむしろ、僕や宮月みたいに、理屈っぽく考えてしまう人間には、絶対に出せない答えだと思った。
 僕らだけにある、秘密の繋がり。生きているうち、いずれ僕らはこうして集うことが決まっていたのかもしれない。それこそ、理屈など意味のない、運命的なつながりってやつで――運命という言葉は好きじゃないけど、時にはその言葉に任せてしまっても構わないだろう。少なくとも今は、それでも気分がいいから。こうした不思議な繋がりを持つのも、悪くはない。











 そうしたい気分になって、右手を前に差し出す。手の甲を上に向けて。
 するとその上に、同じように差し伸べられた宮月の右手が、さらには浩都の右手が重なる。



「この繋がりが、どうか長く続きますように」



 僕が言う。



「あなたたち2人と、こうして繋がっていられますように」



 宮月が、続ける。



「いつまでも3人いっしょでありますよーにっ!!」



 浩都が言って――ぱちんっ、と大きく音がした。



「ったー!!」
「ぁいってぇっ……!!」
 浩都のほうが思い切り良すぎたせいで、僕と宮月の手にはびりっと痛みが走った。続いて、じんじんと残る痛みに変わる。
 その痛みに顔をしかめている僕ら2人とは裏腹に、浩都はすっきりしたようににこにこと笑っていた。やったなーと言いながら、宮月は浩都に覆いかぶさるように抱きついたり、動けなくしてからくすぐったり。声は怒っているようでも、顔が笑ってる。そして浩都はくすぐったいのか楽しいのか、ありったけの声で笑う。



 それを見ていて、思う。本当は、特別なことなんて何もなくて。ただ他愛のない話をしていたり、意味もなくじゃれあっていたりするだけでも。一緒にいられるだけでお互いが楽しくなれるような関係っていうのも、あるんだろう。目の前の光景のように。
 そしてそれは、僕らにとって大切なもののひとつでも、あるんだろう。










 ならば、僕は願う。
 こうした関係が、少しでも長く続きますように。




















 3人でひとつとしていられますように――欠けることなく、共にいられますように。





















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