「また雨かー」
「雨ねー」
「二日連続かー」
「梅雨だねぇ」
「すっかりなー」
「……何のネタ振りだ、これは」
 相川だけ声のトーンが低かった。なんとなく順番に言葉を呟いて最後に相川に回ってきた(ちなみに白共、宮月、僕、斉藤、湖島と来てた)という流れだった。だから相川は突っ込んだつもりだったんだろうけど、逆に白共からネタ振りってなんだよと突っ込み返されていた。
 六月三日、今日も雨。白共から大事な打ち合わせがあると召集がかかったこともあり、バンドメンバー全員が顔を揃えていた。ただ今日はこれで全員揃ったというわけではなく、もうあと二人ほどが来る予定で、それから打ち合わせ開始ということらしい。ということで待ち時間を僕らは適当な練習やお喋りでつぶしていたのだった、と言ってもそんなに長い時間でもなかったのだけれど。
 とんとん、がらがら――ほとんどセットに聞こえるそんな音とともに部室のドアが開いて、待ち人らしい二人の女子が顔を出した。
「ちーっす。ごめんなさい、遅くなりましたーぁ」
「待ったー?」
「今来たトコー」
 応じたのは白共だったが、即座に相川から嘘つけと突っ込まれていた。今来たトコってデートじゃあるまいし、ってところか。そう考える間に、女子二人は適当に椅子を持ってきて座り、集団に加わった――一応全員で円を作って、会議の体制をつくる。
「と、顔合わすの初めてのヤツもいるだろ、特に咲良」
「え、あ、うん」
 名指しされて、思わずという感じで僕は二人の女子のほうを見た。向こうも同じように僕を見ている――どう思われているんだろうか。どういう子たちなんだろうか。
「彼が、今回ボーカルやる人?」
「ああ。三組の咲良な。イイ声してっから、ぜひって」
「へー、白っちゃんが見込むくらいなら期待できそうねー……っていうかいい掘り出し物じゃない?」
「そうだねー、顔も結構イイ感じー」
「あー、あー、嬉しいけど今からあんま褒めんな。こいつシャイだから」
 呆れたような声、というか呆れているに違いない声。顔は見えないが明らかにそんな調子だ。しかし放たれた言葉には言い返せなかった――恥ずかしくてすでに顔を俯けてしまっていて、喋る人間の表情を見ることが出来なかった。
「カワイイとこもあんのねー。ねーエリちゃん、知ってたんなら紹介してよー」
「ダメダメ、話は私じゃなくてみっちゃんに通してもらわないとー」
「いや、別にあたしは関係ないわよー? 彼、フリーのはずよー?」
「え、ホント? あぁそっか、みっちゃん一応彼氏いるんだっけー?」
「そうそう。忘れちゃ駄目よー。まぁ、今日は矢島くんいないんだけどねー」
「……大士、僕、帰りたい……」
 恥ずかしさのあまり女の子同士の会話を聞いていたくなくて、思わずそう言ってしまったが、即答で駄目だと返されてしまった。当たり前の返事だが、僕は項垂れずにいられなかった。
「おーい、そろそろいいかー? てかお前ら、自己紹介ぐらいしろよ。コイツと違って名前通ってるわけじゃねんだからよー」
「あ、はいはいー。咲良君、あたしは森原水衣って言うの。こっちの子は伊知川苗葉ってね」
「よろしくねー、さっくらくーん?」
 ――目が泳いでしまい(この場合は視界が泳いだと言うんだろうか)、まともに返事ができたかどうかは怪しかった。なにこれなんだこれ。しかも白共、なんか変なこと言わなかったか――僕が名前通ってるだと――
「いや、だってそもそもはお前が歌うまいって噂が流れてたわけだし」
「あとねー、咲良君と宮月さん、一回ニュース出たしそのことで全校集会もあったしねー。名前だけなら今のニ年三年で知らない子はいないんじゃない?」
 白共、それに森原が続いてそう解説する――今すぐ無名になりたい、と内心で思うのが精一杯だった。どうしようもなさすぎて反論が出ない。
「さて、いい加減本題入るぞー。ライブの録画の話なー。咲良、これお前が提案者なんだから、しっかりしろ」
「え、あ、うん」
 今ひとつシャキッとできないまま、打ち合わせを進めることになった。
「とりあえずOKは出たよ。ステージの邪魔にならないなら構わないって。だからあんまり派手な撮影はできないけど」
「……じゃあ、ライブのほう、全部撮れる? メインのほうと、後夜祭と。そういうの、全部残したいんだけど」
「おおう、恥ずかしがりやさんなのに注文は大胆ですねー。うん、まあ、いけるよ」
「じゃあ、それでお願い」
「てかさー、白っちゃん、ステージって全部で何時間ぐらい? 二時間いかないよね? メインって他に演劇とかもあるし」
「そうだなー、メインは十五分から二十分ってトコか。後夜祭は長めにやる予定だけど、それでも一時間くらいだと思う」
「あ、じゃあむしろDVD一枚でも容量余るかな? 一応二、三枚用意しとくけど」
「ねーミズイちゃん、むしろその余った分でメイキング映像も撮るとか、どう?」
「はあっ!?」
 話が止まった。一斉に視線が僕に集まる――固まる。いや、だって、メイキングまで撮るなんてこっちは考えもしてなかったわけで、予想外だったわけで、しかもそんなの何の意味があるんだって思うわけで――
「いーじゃない、おまけおまけ。白っちゃんも、他の人も、いいよね?」
「うん、いいけど、とりあえず咲良がなんか喋ってからにしろって。本人、固まったまんまだし」
 何も言えずに口をぱくぱくさせている間にあっさりと全員から賛成の声が上がり、また反論する余地がなくなってしまった。
「……メイキング、って、何撮るの」
 そう言い返すのが精一杯、なのに、向こうはしれっと、
「え、何なら今から撮るー? こういう練習風景とかさ。DVD何枚ぶんでも撮ってあげましょーかー?」
 そんなことを言いながらくすくすと笑う――なぜか悔しさまでもがこみ上げてきたが、いらないと再び言い返すのがやっとだった。
「まー今日は会議だからな、それに……今日は咲良がこんなんだからムリだろ」
 白共が仕切り、他のみんなはうんうんと頷く――最初から全員裏で示し合わせてたんじゃないかってくらい息が合ってるように見える。そういえばこっちのメンバーで喋ってんの僕と白共だけだしなんだよ仲間はずれは僕だけか、とかそういう変な疑いだって持ちたくもなる。
「あれ、なんかぐったりしてない? 白っちゃん、この子だいじょーぶ?」
「気にすんな、いつものこった。ほれ咲良、深呼吸深呼吸」

 ――すーはーすーはーぜーはーぜー、っっ、げふっっっ。

「またかよオイ!」
「……つーかダイシ、狙っただろこのオチ」
 昨日に続いて激しく咳き込む中、白共の笑い声と相川の冷ややかな突っ込みと、それに他全員の笑い声が僕の耳に聞こえてきていた――今すぐダッシュで帰りたかった。