『K.O!!』
「ああああああああ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
筐体の中とその向こうから、同時に悲鳴が聞こえてくる。もう何度目だこれ、と僕は溜息をついた。
ここは学校の近くの街のゲームセンター。前々から暇つぶしで遊んでいくことはあったが、ニ年に上がってから誰かに付き合って行く機会が増えて、対戦ゲームなどもよくプレイするようになった。今までは一人で黙々とやるのが多かったけれど、最近は対戦の勝ち負けで相手の反応を見るのも楽しいかもしれない、と思うようになってきた。
……もっとも今日のはいい加減食傷気味だけど、と思いつつ筐体の向こうを覗くと、またしても頭を抱えて悔しがる啓太とそれを見て面白そうにくすくすと笑っている宮月の、二人の姿があった。宮月のほうは普通はもっと残念そうな顔をするもんなんじゃと思う分、余計に啓太がかわいそうになってくる――僕がわざとでも一回くらい負ければそんなことはないのかもしれないけれど、あからさまにわざと負けても問題がある気がする。
「さーくーらー、もう一回だもう一回付き合えー!!」
「おおっと矢島くん、また百円玉を取り出しましたぁ! 何度やられても諦めない、これは不屈の魂というものでしょうかぁ!?」
言葉を聞いた時、本当に何気なく『二人ともホント飽きないというか懲りないなぁ……』と思い、溜息をついた。特に啓太、すでにもう二千円以上は費やしているんじゃなかろうか。ちなみに僕は最初の百円だけだったりする。
「お金、大丈夫なのー?」
「うるせェ、変な情けは無用だかんなー!! 行くぞー!!」
ああもうホント懲りてない、やる気満々じゃん、さてどうしたものか……僕は僕で、すでに五回目くらいから手を抜き始めているのだが――今プレイしているのは対戦格闘なので、パンチあるいはキックのどちらか一方を封印したり、強攻撃を封印したり超必殺技、挙句の果てには普通の必殺技までも封印したり、あるいはこれらの条件をいくつか組み合わせてみたり。それだけいろいろとハンデをつけてやりあうこと十数回、それでも全部僕のストレート勝ちになってしまっているのはどういうことだろう……二通りほど結論出せなくもないけれど、どっちも身も蓋もなさそうなので未だに考えないようにはしているけれど、いい加減はっきりしたほうがいいのかもしれない。何より啓太の財布の中身と本人の尊厳のために。
などと考え事をしながらのうちに、すでに勝負は決まっていた。画面を見ると、またしても僕のストレート勝ちだったらしい。いや、早くないかちょっと、と思うや否やまた悲鳴が聞こえてきた。終わったもんはしょうがないかとまた溜息をついてから、今度は先に手を打とうと思って向こうを覗いた。
「ヤッツーン、泣いても笑っても次で最後だかんなー。悪いけど最後は本気でいくよー」
僕が言い終わらないうちに、画面には次の英文が踊っていた。
『HERE
COME A NEW CHALLENGER!!』
「え、本気って何だどういうことだ、あとでちょっと覚えてろー!?」
抗議しようとするも試合が始まってしまってそれどころじゃなくなった、まさにそんな感じの慌てた声が飛んできた。聞くだけは聞いておいて、僕は返事もせず――内心ではお前今まで気づいてなかったのかよと突っ込みを入れてから――目の前のゲームに集中した。
「うううう……結局一回も勝てんかったー……」
「ご愁傷様ー。てかお金大丈夫なの?」
落ち込む啓太、慰める宮月の構図、っていう表現だけだと僕が悪いことしたように見られそうだが、実際僕としてはそんなつもりはない。というかそもそも対戦しようぜと振ってきたのは啓太のほうだ――だからって嫌々応じたというわけでは決してないし、啓太が悪いんだとも言うつもりはないけれど。
「金は今日は持ってきてっからいいけど……ってか、最後に聞こえたけど、本気ってなんなんだよー」
「え、僕そんなこと言ったっけ? 覚えてないなぁ」
「その言い方は覚えてるだろ……! あーもー、どんだけ手加減されてたんだよオレー」
「それは一回でも勝ってから言うことだね。っと、次、何する?」
対戦格闘を終え、会話をしながら僕らはセンター内を歩き回っていた。ここは結構広い場所でゲームの種類も多いので、平日でも夕方頃にはかなり人が多く賑わっている。やっぱりゲーセンとしてはなんでもあり感が高いのが人気の秘訣ってヤツだろうか。
「あ、あれなんかどう? 漂くんにちょうどいいんじゃない?」
「え、何が? ……うわぁ」
宮月が指差した先にあったのは、中央に大きめのモニターがあり、その左にドラムセット、右にギター(ベースかな?)セットがあり、同時セッションも出来るタイプの音ゲーだった。
「やー、ちょうどいいのは僕じゃないってば……あれはさすがにやったことないなー。太鼓の達人だったらまだいいんだけど」
「でも、文化祭でやる曲も入ってるかもしれないし、今やるんだったら太鼓よりあっちのほうがいいと思うなー」
他人事だから無茶言ってるなーと思ってしまいそうだが、宮月の言うこともわからなくはない。要はこっちのほうが練習にもつながる遊びだろうってことだ――僕は本番ではおそらく歌うだけでイッパイイッパイになりそうなので、ドラムもギターもベースもやらないけれど。
「……まあ、じゃあ、やるだけやってみるかなぁ。ヤッツン、どーする?」
「やー、オレは見てるよ。見さしてもらうぜ」
苦笑気味に言われた――啓太もこの手のゲームはやらないらしい。ふうんと頷いてから、僕はドラムセットのほうに座り、百円を投入した。こっちのほうがまだとっつきやすいかなと思っただけで、それ以上の理由はない。
それからしばらくは曲探しに時間を使う。宮月の言ったとおり、文化祭でやる予定の曲が入ってるかどうかをチェックするためだが――曲目を選ぶ時もパッドを叩く必要があるので、あんまり時間がかかるとプレイ前に疲れそうだなとちょっと思った。
が、時間をかけて探した甲斐あってか、無事に目的の曲をいくつか見つけることができた。その中から簡単そうなものを選んで、難易度はちょっと不安ながらもノーマルレベルを選択した。
「……やったことねえんじゃなかったのかよ」
「だって人多いじゃん。まあ、なんとかなるよ多分」
「人多いって……お前、そんなこと気にするヤツだったっけ」
何故か啓太には呆れられたが、事情が事情なので人目は結構気になった。と、そうこう考えているうちに音楽がスタートし、僕はスティックを構えて画面を凝視した。
「まあ、なんとかなった……かな」
苦笑とともに出た感想がそれだった。二曲やって二曲ともなんとかクリアはしたものの、成績はあまり良くなかった。ああいうゲームはやり始めだと途中で叩くところを間違えて、それがきっかけでパニックに陥ることが結構あって、なかなか上手くいかないもんだなと思った。
「でもお前、なんだかんだででっかい失敗はしないもんなあ……スゲエ」
「そうでもないよ……今は特に、身近に本職がいるからねえ」
「あ、それなんだけどさあ。明日、みんな連れてこようよ」
え、と僕と啓太は揃って宮月のほうを振り向いた。その先には、ものすごぉっくいいこと思いついちゃった〜、と言わんばかりにきらきらにこにことした宮月の顔があった。逆に僕にとってはものすごぉっく嫌な予感がするなぁ〜、と感じさせる類の表情だった。
「どうせだったらギターもあるんだから、本職の人にやってもらうのもアリだと思うのよ。事情はあたしが説明するから、ね!」
お願い、と視線で訴えられて、一瞬返事に迷った。思わず啓太の方を見たものの、
「オレには答えらんねーよ。決めるのは咲良、お前じゃん?」
逃げられた。この場合もっともなので捕まえようがない。しかも宮月の言葉も一理あるように思えなくもないので――
「……わかった……」
断れず、けれど快く引き受けることもできず、微妙に沈んだ声で返事をしてしまった。しかし宮月は引き受けさえすればよかったようで、「やった!」とガッツポーズまでして喜んだ。
嫌な予感は継続中だった。
そしてそんな状態のままで、僕は翌日を迎えることになる――