「ホントに嫌なら嫌って言えばよかったのにねえ」
「しょうがないだろ……っていうか断れない方向に持ってかれた」
「それってどういう?」
「えーと……」
噂を聞いてからニ、三日したころ、突然僕のところに違うクラスの白共ってヤツがやってきた。その時のやりとりは確かこうだ。
『なあ、お前だよな咲良って。俺、軽音部の白共っつーんだけど』
『……何その紹介の入り方』
『や、何ってそりゃあ……あー、単刀直入に行くわ。文化祭で歌ってくんねェ?』
『……そういう用件かよ……他あたってよ』
『んなこと言ってもよー。もう噂くらい知ってんだろ、お前歌うまいんだって?』
『周りが勝手に言ってんだろ……ああもう、だから来たわけ?』
『それ以外あるかよ。なあ頼むよ、いきなりで駄目ならとりあえず一回聴かしてくんね? 噂どおりかどうかだけでも確かめさせてくれよー』
たたみかけるような喋り方の中に『駄目だって納得したら引き下がるから』みたいなことを匂わせる言い方だったので、とりあえずその場では僕は折れた――強硬に断るよりは、納得して諦めてもらうほうがいいと思ったのだ――それが間違いだったわけだけど。
その日のうちに白共が同じ部の人間をひとり呼びつけて、僕は僕で宮月と宗次についてきてもらって、合計五人でカラオケに行くことになった。道中で受けた説明によると、文化祭の本番で軽音部のメンバーだけでやるステージと、後夜祭で吹奏楽部から助っ人を二人加えて行うステージのふたつがあるらしい――一応聞いてはいたが、この時点では無関心のあまり気にも留めていなかった。
そしてカラオケ本番、とりあえず他に歌えそうな曲もなかったので最初に行ったときと同じ選曲で歌ってみたら――
『え、宗次、ちょ、おま、何コイツ!? 何この声!? スゲェ!!』
『なー、言ったとおりだろー』
やたらと興奮していた白共の姿に、何かをやってしまったという気分になってしまった。横で宮月がくすくすと笑っていたのも焦りを誘う。何か取り繕わなきゃと思って声を出す前に、白共の顔がぐわっとこっちを向いた。
『ダメもうお前以外考えらんねェ咲良ボーカルやってボーカル両方!!』
早口でそんなことを言われて、すぐには反論が出てこない。その間にも白共は他のメンバーに同意を求めていた。しかも頷きが返ってくるところまで早かった。
『いや、ちょ、両方って……』
『説明しただろ!? 文化祭の本番と後夜祭の両方だよ!!』
興奮のあまりか声がうるさい。しかもこれだと断ってもなかなか折れてくれなさそうだ――頭が痛くなった気がした。諦めてくれるだろうと思ったはずが、逆の方向で納得されてしまったらしい。
『いやもうホントお前が歌ってくれたらステージ絶対うまくいくって! 力貸してくれよマジで!!』
「白共くん、すごい顔してたねぇ」
くすくすと聞こえる宮月の笑い声がムカッときて、今度は僕が向こうの身体を引っ張った。あーれーと気の抜けた声をあげながら、宮月が素直に引っ張られてくる。引っ掛けあっている肘に互いに力が込もり、背中の上に向こうの重みがのしかかる。
少ししてから力を抜いて引っ張るのをやめると、途端に身体が軽くなる。ストンという感触と一緒に、あう、とまた声が聞こえてきた。そのあとに続く笑い声を聞きながら、僕はまたため息をついた。
「諦めてくれると思ったのになぁ……」
「なんで漂くんはそう思うのかなぁ。未だにさっぱりわからないわ」
上手いのは本当なのになー、という宮月の声が本気で不思議そうだったけど、僕は僕でそれが不思議でならなかった。褒められている、喜ばれているというのはさすがにわかるが、たかが僕の声とやらでどうしてあそこまで、と思ってしまうのだ。
だけどもう引き受けてしまって今更やめられない。そして引き受けたことをやめるつもりもない。つまり僕は頑張るしかないのだ。
大変なことに首を突っ込んじゃったなあ、という言葉の代わりに僕はまた溜息をついた。