「ああいうの、柄じゃないって言うんだっけ。……行くんじゃなかった」
もともと目立つのはあまり好きじゃないのに、今度の文化祭ではたくさんお客さんがいる前で歌わなくちゃいけなくなってしまった。後ろで軽音楽部の連中がギターを弾いて音楽を作って、それに乗せて僕が声を出さなきゃいけないのだ――目立つ。僕が一番、ものすごく、目立つ。
「だって漂くん、あんなに歌うまいと思わなかったんだもん。あのときが初めてだったんだよね?」
「そうだけど。別にそんなにたくさん歌わなかったし……」
「そうねー。でも一番印象に残ってるわよ? 特に声。多分あたしだけじゃなくてみんな」
とりあえず褒められてはいるみたいだったが、言われるときはなぜか妙に『声がよかった』と強調される。そんなに意識したつもりはなかったけれど、初めて歌い終わったあと、確か宗次から『お前は男じゃなかったのかよ』とわけのわからないことを言われた記憶がある。
「みんな一緒の意見だったのになんで俺だけボコられなきゃいけねんだよー、って。宗ちゃん、あの後延々愚痴ってたよ?」
「それは……、他に八つ当たりできそうなヤツがいなかったんだからしょうがないだろ」
言いながら、僕が初めて行ったカラオケに付き合った面子を思い出してみる。誘ったのが宮月で、その彼氏の矢島、あと二人が友達って言ってて宗次とそれに笹中って女子。これに僕を加えた五人で集まって、僕と宮月の進級祝いって名目で行くことになった――消去法でいくと宮月と笹中は女子だから論外で、矢島は宮月の彼氏だから格好悪くすんのもアレかなと思ったら、宗次しか残らなかったという話だ。
とりあえず名目上ついていったはいいけれど、知っている曲の数が少なすぎたので、しばらくは他の人が歌っているのを聴きながら大人しくしていた――ものの、ずっとそのままでいられるわけはなく。
何か歌ってよと言われて、仕方なく数少ない知ってる曲を入れて歌ってみたら、宮月が言ったように他の全員から驚いたような視線を向けられて、小さくならずにはいられなかった。
「八つ当たりって言ってもさー。みんな褒めてたんだよ? しかも漂くん、初選曲が女の人の歌だったし、しかも歌ってて全然違和感ないっていうか……正直『え、これ男の声なの?』って感じだったもん」
印象に残る要素っていうのが多すぎたのよと続いた宮月の言葉に、抵抗するように僕は首を傾げた。どうにも素直に喜べることじゃないような気がするのは、僕だけなんだろうか。
それに――
「……だからってそれがなんでニ、三日で学校の間で噂になってんだよ……」
「んー、宗ちゃんが喋っちゃったんでしょうねー。しかもたぶん何故か嬉しそうにさ?」
くすくすと笑い声が響いたが、笑い事じゃないよと突っ込んでやりたかった。その噂のせいで、ある日、僕のところに軽音楽部の人間がやってきて、文化祭で歌ってくれないかと頼まれて――
なんだかんだで一番馬鹿なのは僕なのかもしれない、と今少し思った。頼み込み具合が強烈だったというのがあるにせよ、断ることもできたはずなのに僕はそこで引き受けてしまったのだから。
今みたいに愚痴をこぼすことは今後もたびたびあるかもしれないけれど、引き受けたことを途中で投げ出したりはしたくない――だから結局、忙しかったり疲れたりは避けられないんだろうなと思ったところで、僕はまた溜息をついてしまった。