欲しいものはありますか?
あったとしたら、あなたはどうやってそれを手にしようと思いますか?
生まれたての頃、僕は動き回る事すら出来なかった。
生まれたての赤ん坊と言うのは、体がまだほとんど発達していない。だから自分で動けないのは当たり前の事だ。
自分の意思を伝えるには、泣くか笑うかしかない。それはとても不便だ。
やがて成長し、僕は自分が持ってる2本の足で地面に立ち、少しずつ言葉を覚えて話せるようになった。
そうなると、自分の意思を伝えるのはとても簡単になった。
さらに、両親は僕が何かを望むと、すぐさま叶えてくれた。
嬉しかったから、僕はたくさんの事を望んだ。そして最初のうちは、それらは全て叶えられた。
嬉しかった。
そして、これはいつまでも続くものと思っていた。
しかし。
最近はそうも行かない。
両親はいつからか、僕の望みにはほとんど応えてくれなくなっていた。
いつからか―――いつからだろうか、こんな風になったのは。
朝刊に挟まっていた広告の中に、気になるものを見つけた。気になったので、欲しくなった。
「母さん」
「何?」
「これ、欲しい」
僕は言いながら、欲しいものを指差して、母さんに分かりやすいように示した。
「……馬鹿なこと言うんじゃないの。秀樹、あんた最近成績悪いじゃないの。遊んでる暇があったら勉強しなさい」
母さんはそう言って、取り合ってくれなかった。母さんには期待できない。
次に僕は、父さんにも同じように「これ欲しい」と言った。
「駄目だ駄目だ。お前という奴は、いつまで遊んでいる気だ。いい加減に、将来のことを考えて勉強に集中したらどうだ」
父さんも取り合ってくれなかった。
最近は、こんなことばかり続いた。
両親はいつからか、僕の望みを叶えてくれなくなった。
かわりに「勉強しろ」というような内容のことをしつこいくらいに言うようになってきた。
勉強。
親に言われてやってみたけど、つまらなくってすぐに放り出した。
そんな状態を続けていると、親に「成績悪いぞ、どういうことだ」とがなられた。うるさくて困る。
そして、ごくごく最近から今現在にかけては、僕の望みはほとんど叶えられず、ただうるさいだけ――親というのが、そんな鬱陶しいだけの存在になっていた。
とりあえず、鬱陶しいだけの親から逃げるために、僕は学校へと足を運んだ。
学校、そこも僕にとっては鬱陶しいだけで欲しいものは何も無い場所。鬱陶しさが今の両親より軽いというだけの場所だから、避難所という意味くらいしかない。
クラスメイト達はそれぞれの仲良しグループに分かれ、お喋りに興じている。何が楽しいのだろうかと思う事もあるけれど、それが彼らの望みだと言うのならば、少し羨ましくなったりする。
彼らは自分達の望みを叶えているのだから。羨ましいと思う要因。
嫉妬っぽい感情が、僕の中で揺らめいた。
学校が終わって、家に帰る。
その途中、寄り道をする。
望みが叶えられなくて宙ぶらりんな僕が唯一気を紛らわす事が出来る場所。
ゲームセンター。
親や学校と違い、ここの喧騒は好きだった。その喧騒の中に紛れつつ、僕はゲーム台に50円硬貨を放り込んだ。
ゲームにのめり込んでいる時はテンションが上がり続ける。それでもってこのゲームセンター内における乱入対戦の機会は溢れるほど多い。そいつらを返り討ちにするのは、今の僕にとって何よりも気分爽快な事だった。
しかし、時に返り討ちに失敗する――負けることもある。
負けた時は、いつも終わりにしていた。僕は負けるとゲームセンターを出る。
今日はその負けが早くにやってきた。――ついてなかったって言うのかな、こういうのは。
まだ、ゲームセンターに入って30分しか経ってなかった。
家に帰る。玄関に掛かった時計は5時を指していた。ゲームセンターの格闘ゲームで、乱入してきた対戦相手に負けるのが、いつもよりあまりにも早すぎたせいだ。
自分の部屋に戻って、家着に着替える。
暇だったので、テレビをつけてみた。――ニュース、もしくはドラマの再放送、どのチャンネルもそのどっちかしか映らなかった。すぐ消した。
暇だったので、部屋の床に散らかってたものの中から雑誌を開いて読んだ。――既に読み飽きてたヤツだったので、面白くもなくてすぐ閉じた。
結局、満たされない。望みが叶えられていないからだと思う。
親に言おうにも、今、どっちも仕事に行ってて家には居ない。
どうしようもない暇が、僕の目の前にあった。
ボーっとし続けてるうちに、両親は帰ってきて。
それでもって、家族3人の晩ご飯も食べ終わって。
それからしばらくして。
もう1度、僕は母さんに、欲しいものが出てた広告を持って、言った。
「母さん」
「何?」
「これ、欲しいんだけど」
「もう、朝も言ったじゃないの。遊んでる暇があったら、勉強して成績上げなさい。頑張らない子の言う事は聞けませんよ」
母さんはまたも取り合ってくれなかった。
あーあ。
せっかくのラストチャンスだったのにさ。
「…やっぱりもう、僕の望みは叶えてくれないんだね、母さん」
「勝手な事ばかり言ってるんじゃ………!?」
振り向いて何かを言いかけたが、母さんは最後までものを言わず、表情を凍りつかせた。
当たり前だ。
僕が右手に包丁を握っていたのだから。
「じゃあもう、あんたなんて、生きてても鬱陶しいだけだ。消えてよ」
「ちょ、ちょっと、秀樹!! やめなさい、やめっ」
慌てふためく母さんの左胸に、包丁を一突き。深く、一突き。
それで母さんは動かなくなり、僕の身体にもたれてきた。
包丁を抜いて離れると、母さんはうつ伏せで倒れた。
「どうした、和子………!!?」
母さんの声が聞こえたのか大慌てで駆けつけた父さんも、包丁を持った僕と倒れた母さん、そして床の血溜まりを見て凍りついた。
その隙を逃がさず、父さんの左胸にも、包丁を深く一突き。
悲鳴をあげる暇もなく、父さんもうつ伏せに倒れた。
後悔なんてのは1つもなかった。
使えなくなった道具、思い通りにならなくなった道具は、捨てない事には邪魔で仕方がない。
かつて、両親は僕の望みを何でも叶えてくれた。
両親はそういう目的を持って動く道具だと僕は認識していた。
しかし、いつ、どこが壊れたのだろうか、両親はある時から僕の望みを叶えてくれなくなった。
かわりに、僕に指図するようになった。それは僕に不快をもたらした。そして、両親という道具がもう使い物にならない事を知った。
だから、僕は捨てた。両親という名の壊れた道具を。
とりあえず、僕は人殺しになったわけで。
いずれ事実がバレるにしても、それは遅い方がいい。そんなわけで、現場に偽装工作を施す事にする。
僕が思いつく偽装と言ったら、家の中を適当に荒らして、空き巣か強盗の犯行に見せかけるもの、くらい。
ついでに、家の中を荒らす最中に、少しでもいいから逃走資金を入手できればいいかなと思う。
お風呂で、シャワーを浴びた。返り血を流すためだ。流した返り血が風呂の中に残らないよう、注意を払う。
返り血を浴びた服は、とりあえず持っていくことにした。現場に残っていたら、事実の露見が早まる可能性が高い。
その後は家中を荒らしつつ必要最低限のものを探しては、家にあった中で一番大きな鞄に詰め込んでいく。
「どこまで、いつまで、逃げていられるかな?」
他人に言うような感じで自分にそう言って、僕は住み慣れた家を出た。
僕はすぐに捕まるだろう。
両親が殺されて子供1人が行方不明だなんて、不自然極まりないから。警察も馬鹿じゃないから、その不自然にはすぐ気付くだろう。
まあ、とりあえず家の中にあった写真の類は全部この鞄の中だけれども。
捕まる前に、さあ、叶えよう。
これまで叶えられることのなかった僕の望みを、さあ、叶えに行こう。