これからどうすりゃいいんだ。
投げやり気味にそんなことを思いながら、アパートの中で俺は1人、ぐったりとしていた。
平日の昼間なのに、そんな場所にこもって、何もやる気を起こさない俺がいる。
現実ってやつの厳しさを思い知らされて、記憶の中の5年前の自分を思い出しては、その無謀さを罵倒してやりたくなり。
マジでこれからどうすりゃいいんだか、と思った。
上京して5年間勤めた会社でリストラに遭うなんて、考えてもいなくて。
両親に一人前になるまで帰らないなんて大見得を切っちまった手前、のこのこと帰郷して、会社クビになりましたなんて伝えられない。
二人と顔を合わせることが、怖い。
とりあえず今はまだ失業保険が利いているので、なんとか生活はできているけれど。
いつまでもそうしているわけにはいかなくて、バイトでも新しい就職先でも探さなきゃいけねえんだけど。
やる気が起こらないのと、なんだかわからないが悔しいのとで、なかなかそういう活動に踏み切れなかった。
生活サイクルの規則正しさだけは未だに体の中に残っている。
そのおかげで今日、一応早起きはしたけれど。
朝飯食って洗顔とかを一通りやって、その後に何もやることがなくて。
アパートの中でへたりこんで、糸を切られた人形にでもなったみたいに脱力して、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
仕事してる時は、早く終わらねえかなと思いながら時計を見ていた。
時間の流れが遅いと感じた。
しかし、何もしないでぼんやりと待っているだけだと、時間の流れはさらに遅く感じられて。
朝から昼になるのを待つのですら、気の遠くなるような思いがあって。
しかも昼になるまではほとんど動かなかったから、腹も減ってなくて、食欲もなくて。
さすがにこのままじゃいかんと思ったのか思わなかったのか、とりあえず散歩にでも出かけることにして、俺はのろのろと立ち上がった。
スーツ以外の外着に着替える。思えばそういった系統の服を着るのは随分と久しぶりだなと妙な感慨にふけりながら、着替えを完了させて。
あてのない散歩をしばらく楽しもうと思った。
昼間、昼飯時だからなのか、街の中はスーツを着た人間、いわゆるサラリーマンやOLの姿がやたらと目についた。
数日前までは、俺もこの大勢の人間の中の1人だったわけで。
けれど今は違っている。今の俺は私服。大勢という枠のなかから、たった1人、外に放り出されたような気がする。
疎外感、孤独感。それは1人だからこそ感じることの1つなんだろうか。
それだけじゃない。街の中がひどく雑然としているように見えた。
こんなもんだったっけと思ってから、はっとしたようにあることを理解する。
働いていた時には気づかなかっただけで、この街は前からこうなんだと。
働いている時の俺がそれに気づいていなかっただけだと。
それでもって、反対側から歩いてくる人間が、猛スピードで迫ってくるようにも感じる。
だけじゃなく、俺がゆっくり歩いているのを、後ろからどんどんスーツ姿の人間が追い越して行く。
誰もが何かを急いでいるように感じる。
雑然としていて、常に流動している街。5年間この付近で働いていながら気づかなくて、クビになってから今更のように気づいて。
そう思ってから、連鎖するように次の考えが思い浮かぶ。
俺の5年間の働きは、ただこの雑然とした街のたった1つのパーツでしかなかったんじゃないかと。
パーツでいる間はそのことに気づかないで、ただ急ぎに急いで、しゃかりきに働いて、この街を構成するわずかな一部分だっただけなのだろうかと。
そう思うと、何かの引っかかりを感じた。俺はいったい何だったんだと。俺の5年間は何のためだったんだと。
両親にはこう言った。一人前になるまで帰らないと。半ば、約束のような形で。
けれど一人前って何だったんだろう。
昔の俺はそれをわかっていたのだろうか。
漠然と、何かの一人前になりたいとしか考えていなかったんじゃないだろうか。
そして働き出して、この街のパーツの1つになって。
それは果たして一人前と言えるものだったんだろうか――考えてみると、全然そういう気はしなくて。
あくまでも一人前なんかじゃなく俺は1つのパーツであり、しかも5年間働いた結果、パーツとしてすら使い物にならなくなって、放出されて。
今の俺はパーツですらなく、この街にとっての異物でしかないんじゃないか。
クビにならなかったとして、その時の俺が一人前になったぞって言って両親の元に帰ったところで、果たしてそれは本当だっただろうか。
いや、嘘だ。
指きりしてたら針千本飲まされるに決まっている。
結局、俺は今まで何か意味のあることをしただろうか。
両親の元を飛び出して上京してからの5年間で、何を得ただろうか。
自炊はできる。一人暮らしは問題ない。
けれど、それ以外に何があっただろう。心から充実するようなものが、何か1つでもあっただろうか。
思い出せない。少なくとも、5年間の間でそういう記憶がないことに、意外にもあまりショックはなかった。
別の、諦観ってやつが大半を占めていたからだろうか。
結論としては、随分と時間を無駄にしたってことになるらしい。
5年費やして、ほとんど前に進んでいないことに気づかされて。
そこまで思って、初めて自分のことを心底から馬鹿だと思った。
馬鹿だと思って、蔑んで、嘲笑って。ありとあらゆる罵倒を自分に向けて。
そうすると逆に心の中が妙にすっきりしてきて、俺は空を見上げた。
雑然とした街の中。高層ビルが視界に入って、満開とまではいかないが、それでも青空が見える。
道のど真ん中で、その空を見上げながら、俺は立ち止まって背伸びをする。
怪訝な視線がいくつか向けられたが、街のパーツどものそれなんか、今の俺が気にすることでもない。
それどころか、荷物と言えそうな荷物を全部捨てたみたいに、体までもが軽くなった気がした。
もっと簡単に言えば、すっきりした気分だった。
ここまでクリアになれば、俺はまだやれそうだ。5年を食いつぶしたけれど、それでもまだいけそうだ。
同じ失敗はしないようにして。
それでもって、前に進む方法を考えていくことにしよう。
相変わらず具体的な形こそ見えてこないが、前に進んで、進んで進んで、やがては本当の一人前になるために。
そうなるまで戻ってこないと、両親に言ったのだから――本当の一人前の姿を見せてやると、二人に約束したのだから。
無職の身にそう誓って、空に向かって微笑んで、俺は再び道をゆっくり歩き始めた。
お題バトル作品
テーマ:約束
お題:記憶 指きり 二人 現実
参加者:中原まなみさん SHASHAさん 椎名かざなさん 竹田こうと
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