ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。
ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。
旅人が1人、歩いている。
何重にも衣を羽織り、ふくらはぎをすっぽり覆う長靴を履き、編笠を深く被り、顔を手ぬぐいで覆いつくし。
その姿からは、旅人が男性なのか女性なのか、判別がつかない。それどころか、人であるのかさえもわからないかもしれない。
旅人の目の前は、真っ白だった。
広がる大地も真っ白で、広がる空も真っ白で。そして、空から降りゆくものも真っ白で。
旅人の視界に、地平線は見えなかった。遮るものは何もないはずなのに、どこからが大地でどこからが空か、全くわからない。
白い大地がどこまで続いているかも、わからない。
しかしながら、旅人は歩を緩めることはない。
進むことに何の迷いも見せず。ただそれが使命であるかのごとく。
旅人は歩き続ける。
ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。
はあ、ふう、はあ、ふう。
ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。
はあ、ふう、はあ、ふう。
旅人が手ぬぐい越しに吐くその息は、とても白い色をして空に舞い上がる。
舞い上がったように見えたのは一瞬で、すぐに空の白色に溶けてわからなくなる。
息は、白い色を失う前に、白い空に溶けてしまう。
それほどまでに、旅人の周りの景色は、白という色で覆いつくされていた。
ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。
ひらり、はらり、ひらり、はらり。
ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。
ひらり、はらり、ひらり、はらり。
旅人の目には見えないが、旅人の身体に触れるものがある。
空から、舞い降りてくるものがある。
それは旅人が被る編笠の上に、旅人が羽織る衣の上に、旅人が履く長靴の上に、静かに舞い降り、少しずつ積もってゆく。
旅人が歩くたびにそれらは少しずつ旅人の身体から落ちるけれど、すぐにまた新たなるそれが旅人の身体に舞い降りる。
旅人はそれを気にしない。気にすることなく、歩き続ける。
そして、それは旅人がどこまで歩いても、どこまで進んでも、静かに、優しげに、舞い降り続ける。
旅人は、歩き続ける。真っ白な景色の中を、一人、歩き続ける。
真っ白な景色の中に、ただ一人、旅人の姿だけが、黒い点のように浮かび上がっている。
なぜ、旅人は歩き続けるのか。
白いばかりで何も見えない景色の中を、ただ1つの方向へ、まっすぐと、力強く歩き続けている。
どこへ行こうというのだろうか。
しかし、それを訊ねる者は、誰ひとりとして居はしない。
旅人以外の姿はどこにもない。ただただ、白い景色が広がるばかりで。
ただ、旅人は歩くのみだった。
一歩ごとに大地を踏みしめ、一歩ごとに小さく息を吐きながら。
そして、舞い降りるものをその身で迎えながら。
その白い景色は、あたかも旅人すらも甘く優しく包み込んでいるかのようであった。
旅人はそう思っているだろうか。
あるいは。
旅人は自らを覆う白いものが、『雪』という名を与えられていることを知っていただろうか。
それを訊ねる者は誰もいない。
ただ、旅人はどこかへを歩き続けるのみであった。
白い大地、白い空、白い雪。
白い景色に、包まれながら。
ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。
ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。
ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。
…………ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。