小さな何かのかけらがひとつ。
元は何かの一部だった、そんなかけらが地面にひとつ。
びいだまサイズのかけらがひとつ。
そのかけらは何よりも透き通っていた。
どこかの誰かがかけらを見つけた。
どこにでもいそうな形(なり)をした若い男だった。
透き通るそれに興味を持った男は、かけらを手にして眺めてみた。
男の脳裏に語りかけるように、かけらはあるイメージをその中に浮かび上がらせた。
映し出されたイメージの中にあったのは、男が何か成功を果たして人々から崇められていたというものだった。
イメージが消えた後、男は馬鹿馬鹿しいと思ってかけらを捨てた。
高望みせず、今の暮らしを保つことで男は精一杯だとした。そして男はそれ以上を望まなかった。
どこかの誰かがかけらを見つけた。
貧しさのためか、みすぼらしい姿をした若い女だった。
透き通るそれが引っ掛かった女は、かけらを手にして眺めてみた。
女の脳裏に語りかけるように、かけらはあるイメージをその中に浮かび上がらせた。
映し出されたイメージの中にあったのは、女が家族と何の苦労もなく幸せに暮らしている姿だった。
イメージが消えた後、女はそれを励ましとして頑張ろうとすることを決めた。
女はかけらを手放した。このかけらは自分のためでなく、たくさんの人々のためにあるのだとして。
どこかの誰かがかけらを見つけた。
上品な服装に身を包んだ、貴族風の熟女だった。
透き通るそれを美しいと思った女は、かけらを手にして眺めてみた。
女の脳裏に語りかけるように、かけらはあるイメージをその中に浮かび上がらせた。
映し出されたイメージの中にあったのは、女が醜く肥え、みすぼらしい服を着、周囲から後ろ指を指されている姿だった。
イメージが消えた後、女はイメージ内の自分の姿に悲鳴をあげると同時に、反射的にかけらを遠くへ放り投げた。
しばらくして、女はかけらに見せられたものを見なかったことにし、そうして何事もなかった風を装って歩き出した。
どこかの誰かがかけらを見つけた。
高級アクセサリーを身のあらゆるところにまとった、肥満気味で金に汚そうな男だった。
透き通るそれを価値あるものと思った男は、かけらを手にして眺めてみた。
男の脳裏に語りかけるように、かけらはあるイメージをその中に浮かび上がらせた。
映し出されたイメージの中にあったのは、男がげっそりと痩せ、貧窮に喘いで道行く人々に物乞いをしている姿だった。
イメージが消えた後、男は手をわなわなと震わせ、何かを叫びながらかけらを遠くへ放り投げた。
イメージに恐怖するあまり、後に男は発狂して本当に落ちぶれた。
どこかの誰かがかけらを見つけた。
周囲からは『何もかもを中途半端にこなす男』と言われている男だった。
透き通るそれをなんとなく目に留めた男は、かけらを手にして眺めてみた。
男の脳裏に語りかけるように、かけらはあるイメージをその中に浮かび上がらせた。
映し出されたイメージの中にあったのは、男が現在と全く何も変わらず、何を思うでもなく道を歩いている姿だった。
イメージが消えた後、男は意味がわからずに首を傾げた。
男にとって何の意味も無いらしいかけらは、結局その場に捨て置かれた。
やがてそのかけらは噂になった。
手にした者に、その者の現状とは正反対のイメージを見せつけるらしい、と。
多くの者が、正反対の自分を想像した。
そうして、実際に見てみたいと思った者たちによって、かけらは大いに探された。
また、何かのかけららしいということから、その本体も探されることとなった。
しかしどういうわけか、噂が立ったころから、本体どころかかけらを探し当てることすらも人々には叶わなかった。
そうして、噂は嘘とされ、やがて消えていった。
その様子は、さながら火をつけられた蝋燭がすぐさま風に吹き消されるが如く。
自分の現状と正反対のものを映し出す、何かのかけら。
もし私が見つけたならば、かけらは一体何を映すのだろう。
私の正反対とは一体何なのだろう。
気になったのだった。