昨日は結局、連絡もなしに夜歩きしたと思われて、両親にこってりとしぼられてしまった。
 最中、ああ、間違ったことをしたから僕は今怒られてるんだ、妙に落ち着いた気分でそう思った。



 そして翌日、今日。やはり、朝起きて学校行って、勉強して部活行って、夕暮れを迎えるところまでは変わらない。
 いつもの場所に、由がいた。彼女が見つめている夕焼け街の光景は、今日も綺麗だった。


 由は今日も、この光景を絵に収めようとするのだろうか。


 気になりつつも、昨日の事がばつが悪すぎて、声をかけに行けなかった。それに、これ以上関わりたくないという思いもあった。



 が。











「……昨日、あたし、何がいけなかったの?」


 こちらを全く振り向かず、由がそう言ったのが聞こえた。
 ――相手は間違いなく僕だ。背中に目でも付いてたりするのか、そう思わずにいられなかった。


「……何が、って?」
 思い出したくなかった。なかったことにしたかった。――けれど由に訊かれて、思い出さないわけにはいかなかった。





「昨日、何が裕基を怒らせたのか、裕基が帰った後、考えたの。でも、何もわからなくて、時間だけが過ぎていった。絵も、描けなかった」
 呟くように、淡々と、由は言う。

「昨日の夕日は結局、残しておくことができなかった」

「……僕のせいじゃない」

「わかってる。裕基を怒らせたのはあたし、思い悩んだのもあたしが一人でそうしていただけ」

 由はそこまで言って、今日初めて僕のほうに振り向いた。



「でも、裕基がどうして怒ったのか、あたしにはわからない。知っていそうなのは、裕基、あなただけ」

 彼女はやはり無表情だった。しかし、まっすぐに僕を見つめていた。









「……、わからない」
 こぼすように、僕は呟いた。

「……わからないの?」


「……君が変だ、そう思った……けど、君の涙を見たら……そしたら、ぐちゃぐちゃになった……」
 聞くのは由以外にいないけれど、誰に向けて呟いているのかわからない。

「何が変で、何が正しいのか……今は、もう……」
「わからない?」
 後に続く言葉を補完するように、由が言う。しかし僕は首を横に振った。

「……全くわからないわけでもない。昨日は僕、親に怒られた。それは僕が間違ったことをしたからなんだ、と思った」
 間違ったこと、つまり僕の行動は変だったということ。

「……でも、自分でそういうことを決めるのは……もう、できない、かも……」



「裕基は、正しくないことが怖いの?」


 胸の鼓動が高鳴った。――由の指摘した通りかもしれなかった。



 正しくないと怒られる。軽蔑される。それがひどく嫌だった。嫌った。逃げ回った。
 必死に正しくあろうとした。そのために、僕は他の『正しい』人のやり方を真似た。
 いつしか、そうして『正しく』あることが『普通』だと思うようになった。

 ――そこまで考えてから由を眺めると、結局、ある考えに戻ってきてしまっていた。
 由は正しくない。由は普通じゃない。

 ……けれど、由は『自分は普通じゃないのか』と僕に訊いたとき、涙を流していた。――どうしてだろうか。





「なあ……昨日、なんで泣いてたんだ? もしも、僕が正しくないことを怖がるって言うんなら……由だってそうじゃないのか?」



「違うの」

 即答だった。苛立ちを覚えるほどの。







「何が違うんだよ。何なんだ、あの涙は」
「正しくないことが怖かったわけじゃない」
「だから、じゃあ何なんだって訊いて――」









「怖かったのは、あなた」



























「………………、何……だっ、て?」



 うまく言葉を継げなかった。ただ、表情の無い由の顔を目の前にして、僕は呆然と立ち尽くしているだけだった。












 由は再び、夕日のほうに振り返る。顔が見えなくなった。
 やがて由の顔どころか、後ろ姿も、周囲の景色も、歪み始め、見えなくなった。









 僕は静かに泣き始めた。











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