翌日。
いつも通りに朝を迎え、いつも通りに学校へ行き、いつも通りに授業を受けて、いつも通りに部活に励み、そして夕方の帰り道。
彼女は今日も夕日を見つめていた。
と、僕が通りかかったのに気づくなり、彼女は振り向いた。
不意打ちを喰らったようにぎょっとしてしまいつつ、僕は立ち止まる。
「な……何?」
おそるおそる、訊ねる。
「どうしてあたしがこんなことをしているのか、気になってるんでしょ? 昨日、何か引っかかってるように見えたもの」
彼女はそう指摘した。――当たっている、けれど。
彼女の行動には理由があるし、その理由だって通らないものではないと思った。だから、僕が言うことなんて何もない。
「そんなこと、言われても……別に、僕が何を気にしてたって、君には関係ないじゃないか。どうしてわざわざ」
彼女は首を横に振る。
「あなたがもし、昨日のこと気にして変なことになってたりしたらどうしよう、って思ったの。そんなことになったらあたしのせいかもしれないし。そんなのは嫌」
僕はまたもぎょっとした。普通、そんなこと気にしないだろう、と思った。――僕はやはり『普通』に沿ってものを考えていた。
同時に、彼女は僕に用があって、しかも断ることはできなさそうだ、そういう認識があった。
諦めたように投げやりな口調で、僕は訊ねた。
「……用件は、何?」
「今からあたしの家に来てほしいの。見てほしいものがあるの」
またまたぎょっとさせられた。――いったい、今日は何回こういう表情をしなければならないんだろうか。眩暈を起こしそうになった。
「今から……って、何言ってんだよ。母さんに怒られる」
「お願い。今すぐにお願いしたいの」
「ちょっと待ってよ。明日とか、休みの日とかは駄目なの?」
「駄目なの、今すぐなの」
どうしてここまで急ぐのか。そこまでして僕に見せたいものって、いったい何なんだろうか。
「にしても、家に連絡しないと……」
「そんなの、後でいい。早く来て」
「わわっ、ちょっとっ……!!」
いきなり彼女に腕を引っ張られ、僕は彼女にさらわれてしまった。
何も言わずに夕日を眺める姿がおしとやかそうな印象だったのが、綺麗にひっくり返されたような感じだった。
途中、気になったことがあった。彼女が何を見せたいのか、それとは別に。
「……、名前、聞いてないよ、そういえば」
訊いて意味があるのかどうかはわからない。ひょっとしたら彼女とはこれっきりかもしれないのに。でも気になった。だから訊いた。
「知りたい?」
歩きながら彼女は念を押す。僕も、歩きながら頷く。
「…………、ユイ。サイキ、ユイ。……あなたは?」
「僕は……ユウキ。サカイユウキって言うんだ」
漢字にすると『酒井 裕基』と書く。それが僕の名前。……サイキユイってどう書くんだろう。
聞くと、『斉木 由』という字だと教えてくれた。口頭だったけど、そんなに難しい説明でもなく、すぐに字が浮かんだ。
――ふと思った。彼女は、由は多分、この近くに住んでいるんだろう。そして、多分、僕と同年代なんだろう。
僕の通う高校は、この辺りに住む人間にとって一番近い場所にある。由もそこに通っているはずだ、そう思った。
――そこまで考えて、由からはそういう感じが微塵もしないことに気づいた。
いったい、彼女は何者なんだろうか。疑問が積み重なる。由は何者なのか、僕は何を見せられるのか。
不安にも似たものを感じながら、僕は由に引きずられていった。
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