今日も彼女は夕日を見ている。







 生まれてから今まで、夕日というのは何度も見てる。
 いつ見ても変わらないようでいて、なんとなく夕日は秋頃のものが一番綺麗に見える。
 ふとそんなことを考えて立ち止まり、僕は夕日に照らされる住宅街を見下ろした。

 ――この街は傾斜のきつい山の上に造られている。その中でも僕の住む家や通う学校は特に標高が高いところにある。
 そして道の途中に、ガードレール1枚を隔てて、敷き詰められたように立ち並ぶ住宅の街を見下ろすことができる場所がある。
 彼女はいつもそこに立っている。秋の夕日に惹かれてか、今日、僕もそこで立ち止まる。



 それが、きっかけだった。














「何か、用?」

 細く、硬質な響きの声。それが誰の声で、そして誰に向けられたものなのか、僕は一瞬、わからなかった。



「…………、僕?」

 確信を持てず、けれどもそんな気がしたので訊ねると、彼女は僕に振り向いた。




「いつもは通り過ぎるのに、今日はどうして立ち止まったの」




「……覚えてて、くれたの?」

 僕は驚きを隠せなかった。
 僕が夕日の出ている日に彼女を見かけないことはなかったけれど、それでも彼女にとって僕はただの通行人に過ぎないというのに。



「用がないなら邪魔しないで。あたしは夕日を見ていたいの」

 追い払うようにそう言って、彼女はまた夕日のほうに身体ごと向けた。


 しかし、僕の彼女に対する関心は強まっていた。『普通』の人間である僕から見て、彼女は『普通』じゃないように見えるから。





「どうして、夕日を見ているの?」

 僕は問い掛けた。



「綺麗だから。この光景はとても綺麗なの」

 彼女は僕に振り向かず、答えた。

 言葉の意味はわからなくはない。僕も綺麗だと思ったから。なぜか、今日は特に。
 けれど、彼女の喋り方は呟くようなものでありながら、そこからただならぬ気配を感じた。



「夕日、好きなの?」
 答えは多分、わかりきったものだった。彼女は頷く。

「そうか……。だから、そんな風にまっすぐ見つめているの?」



「見るの。見ることができる時は、見るの。そして、覚えるの。記憶に焼き付けるの」



 引っかかる言い方だった。僕は首を傾げた。彼女は『記憶に焼き付けること』をやけに強調するように喋った。

 でも、彼女はそうする理由を言っている。彼女は夕日が好きなのだ。だから僕は深く考えなかった。















 会話をしているうちに、辺りが見えにくいほどに薄暗くなってきていた。



「僕、帰らなきゃ」
 鞄を抱え直しながら僕が言うと、彼女は頷いた。彼女はまだ帰るつもりはないらしかった。

 僕は彼女に背を向け、早歩きで家路に戻った。















 いつもより帰りが遅くなったせいか、家に着くと母さんに心配そうな声をかけられた。



 そこから先は、いつもの日常と変わらなかった。1日の終え方も、いつも通りだった。



















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