年始の店の営業が終わりホッと一息つきながら「今年の景気はどうなるだろうな」
なんて考えながら帰り支度を終え、店裏のドアーを開け
見上げた夜空には、オリオン座が景気よくギラギラと輝いていた。
次の朝7時に起きてみると、昨夜の空とは打って変わり、どんよりとした空からは
チラホラと雪が舞いながら落ちてきて、庭には10cmほど雪が降り積もっていた。
「今日はどこを攻めようかな」と考えながら、目を遠くへやると
白く雪で煙った奥羽山脈がぼんやりと見えた。
そうだ、あの渓に行ってみようと思い立った。
そこは奥羽山脈の麓に隠れ里みたいな部落があり
その奥には「こんな所に、こんな良い渓があるのっ?」と、思わずニヤリとする流れがあるのだ。
その隠れ渓の流れは青みが全然無く、無機質っぽいジンクリアーな流れなのだ。
渓相はボサ川じゃなく明く開けた渓なので思う存分フライラインを振れる俺の好きな渓の一つだ。
ここでも俺はロングリーダー、ロングティペットなんていう今時のシステムは組まない。
7フィートの市販リーダーそのまま使った25年前のシステムそのままだ。
っていうか、俺的にはこのシステムで反応しない魚は相手にしない。
でもロングリーダー、ロングティペットで虐められている渓を攻める時は
取って置きのダイレクトニンフでガンガン攻めるのだ。
そんな旧態全とした俺のシステムにも、ここの魚たちは素直に反応してくれから好きだ。
そんなウブな魚は、腹がオレンジぽい黄色の帯をまとった正真正銘の不来方岩魚が泳いでる。
塩焼きにして喰ってはもちろん美味いが、大きい奴が釣れた時は皮をはいで3枚におろし
ワサビ醤油で喰うと、死後硬直のゴリゴリの身じゃない、何日か置いて熟成され
甘味が乗ったヒラメと錯覚するほどの美味さが堪能できるヒラメ岩魚が泳いでいるのだ。
そんな遠い初夏の日を思い出しながら、その渓に住むヤマドリを撃ちに行こうと思い立った。
キジは里山の田畑を生活の場にしているが、ヤマドリはその名のとおり奥山に住み
渓の両岸沿いの斜面で木から落ちてきた実などをついばんで暮らしているのだ。

そうと決まれば、さっそくお粗末な朝ご飯を済そう。
それはパンの両端のミミをトーストし、ベーコンの焼いた奴とレタスとトマトの薄切りを挟んで
ムスムスと喰い、ミルクコーヒーで流し込むのが俺の出陣前の毎日の儀式だ。
玄関を開けて車に積もった雪を払い除けようと、ブラシを積もった雪に当てたら
車のボンネットからサラサラと落ちて行った。
今日の雪はイワユル「アスピリンスノー」と言われている粉雪だった。
それを軽く車全体から払い除けて、銃と愛犬イングリッシュポインターの銀ちゃんを車に押し込んだ。
俺の住んでいる町内はもちろん除雪などしていないので、冬の間はずうっと圧雪状態のツルツルだ。
4号線にでると、そこもまた除雪がまだなのか、雪が堅く押し潰されツルツル状態だった。
ノロノロと走る車を追い越しながら、奥羽山脈の麓へと車を走らせた。
ついた奥羽山脈の麓は街中とは様子が違い強風が吹き荒れ
車道は雪煙に蒸せていた。

隠れ里がある入り口には苔生した石の鳥居があり、その脇山道をあがってい行くと
部落に通ずる一本道路が通っている。
渓の流れは見当たらない。
ここから500m離れた道路わきのボサから迂回して流れ出ているのだ。
だから、あまり人に知られない渓でいるのだ。

部落を突っ切って苔生した鳥居のご本尊である神社へと向かう急な坂道を登り始めた。

車のスピードが乗っている間は気が付かなかったが、スピードが落ちてくると
タイヤのトラクション(地面を噛むタイヤ抵抗)も落ちてきて、空回りするような感覚が伝わってきた。
それにも構わず、車の行き止まり地点にある神社へと
慎重にアクセルを踏み、車のスピードをのせ
スリップしないようにと進んで行った。

何回かカーブを曲がり、登り最後の急坂に差し掛かった時だ。
前方にPAJEROと書いてあるタイヤカバーを付けたRV車が見えてきた。
だんだんその車に近づいていくと、ザザザッと激しくタイヤが回りスリップしているのが見て取れた。
その時、PAJEROがスウーッと後方に滑り始めた。
もちろん、バックランプは点灯してはいないし、タイヤは前へ進もうと必死で回っていた。
「ヤッベェ〜」とばかりに俺はブレーキを目一杯踏みこんだ。

これからどうしようかと考えているうちに、今度は俺の車が後ろに勝手に動きだした。

ブレーキを思い切り踏みつけたが、何の抵抗も無くただただ滑りが増して行くだけだった。
そして前のパジェロはスピードを更に上げて来て、俺の車に突っ込んで来た。
アッと思った瞬間、俺の車のカンガルーバーにゴツンとぶつかった。

その衝撃で俺の車は加速が付き、そのパジェロと連結するような格好で
ブレーキを踏み付けたままが急坂をスルウーっと何の抵抗も無く後ろ向きのまま滑り落ちて行った。
それは、恐怖のバックジェットコースターの始まりだった。

気を取り直してルームミラーを見ると、一つ目のカーブが迫って来ているのが見えた。
どうしようかと右に左にハンドルを切って見るが、地面を噛む気配はまったく無い。
心の中はバンザイ状態、手だてはまったく無い。
だから俺は右手の杉林の木に激突する覚悟を決めヘッドレストに頭を押し付けた。
そしてハンドルを持つ手を突っ張って、身体と頭を固定した。

そのままスルスルーっと後ろから落ちて行く2台は、更にスピードを上げていった。
もはやこれまでかと覚悟を決めて体中の筋肉を固くした。
っていうか、勝手に恐怖で固くなった。

その時、車はスウッとうまい具合にカーブに沿って回り始めた。
それはジェットコースターのカーブとおんなじ感覚でカーブの外側に振られる感じにだ。

ナンダナンダと思たが、たぶん林道のわだちに上手くタイヤがはまったんだなと思った。

それからは無理な抵抗はやめ
右手崖下30メーター谷底を流れている沢に落ちるを恐怖に怯えながら
後ろ向きに滑って行く車に、運を天に任せた。

スルーッと連らなった2台は、何回かカーブを切りながら滑り落ちて行った。

迫り来るカーブを何事も無く、回り終えホッとしたのもつかの間
ルームミラーには白い大きなRV車が迫って来るのが見えた。

うっわぁっーーはさまれるぅっ!!!

と思った瞬間、頭の中では後ろに迫って来ている車に激しく激突し
前と後ろの2台の間で俺の車が挟まれてしまい
荷台が押し潰され愛犬が圧死してしまうという映像が頭に浮かんだ。

と、その時ヒトキワ大きく白いRV車がルームミラーに写った。

ゴツンと衝撃が走った。

その途端、前のPAJEROって書いてあるタイヤカバーがいきなり横に傾き
ツルツル坂の左脇の土手に、バックのまま突っ込んで行った。
衝突の衝撃で切っていたハンドルがイキナリ効いた為だろうか
そのまま土手に乗り上げて止まった。

俺はというと、今度は後ろのRV車と連なりながらツルリンツルゥーと滑り落ちて行くのであった。

少しばかりスピードが落ちたので、Dギアに入ったままアクセルを踏んで抵抗を試みたが
エンジンはすでに止まっていた。

次のカーブはクリアー出来るのだろうかと不安イッパイで滑り落ちて行った。
先ほどのカーブは左カーブだったので突っ込んでも木にぶつかるくらいだが
今度の右カーブは曲がり切れないと、笹藪を突っ切って崖下30メートルの谷底に真逆さまに落ちてしまうのだ。

パワーステアリングが切れた重いハンドルを左右に切ってみるも抵抗感は依然としてなく
もはや何をやってもダメだった。

こうなりゃヘッドレストに頭を押し付け腕を突っ張り
このまま上手く曲がり切れますようにと祈るしかなかった。

カーブに勢いよく突っ込んで行った2台だが、うまい具合に又タイヤが林道のわだちにはまり
恐怖心とは裏腹に何事も無かったようにスウゥーっとカーブを切って滑り落ちて行く2台だった。

そのままカーブを何事も無く回り、ゆるい勾配の直線に入って20mくらいの所でようやく止まった。

凍り付いた体の筋肉を解いてフウッとい一息付き車のドアーを開け降りた。

後ろの車からも青ざめた顔をした人が降りてきた。
「死ぬかと思ったよ」と溜息混じりに言った。
「俺もだ」と彼も言った。
そして二人同時に「無事で良がったなあ」と言って、またフウッと溜息を付いた。

とりあえず車がぶつかった所を確認したが、さすがRV車だ
ヘコミは無く、俺の車のバンパーがチョッと擦れたくらいで済んだ。
「大丈夫ですかぁ〜」と叫びながら上からPAJEROの人が下りて来たが
途中でスッテンと転んでいた。

恐怖のカーブ体験3人がそろった所で、無事だった事を祝った。

それで上で止まっているPAJEROをおろす事になったが
三重追突しないようにと我々の車を道路脇空きスペースに止めた。
が、道路のわだちから抜け出そうとするのだが、滑ってまったくハンドルが効かず
何回もバックしたり進んだりし、シックハックしながら脇に寄せた。

3人して現場検証しながら坂を登って行ったが、林道はツルツル足が滑ってまともに歩けないくらいだった。
「これでよく上まで車が行ったな」などと話しながら土手に乗り上げた車まで歩いた。

要はこうだ。
今年の冬は暖かい日が続き、雪が積もらない日が続いた。
ここに来てようやく降り出したが、気温が高いので積もっては融けての繰り返し
だったのだが、ここは奥羽山脈の麓さすが積雪量は市内よりは多い。
そんな積もった雪の上を車が走り、深いわだちを作っていたのだが
昨日の小春日和の暖かさで雪が解けたのだが、昨晩の放射冷却で冷え込んだ
路面がアイスバーンと化したのわだち道テロンテロンのツルツル路になったのだ。

そして明方近く粉雪がサラッとその上に降り積もり、余計に滑りやすくなっていたのだった。
そうとは知らない3人は、軽く積もった雪を蹴散らしながら坂を登って行ったが
急坂の頂上付近で急にトラクションを失った車
後はジェットコースター状態になってしまい
後ろ向きのまま滑り落ちたというわけだ。

カーブでは車の通った後の深いわだちがカチンと凍って、さらにツルテロ状態だったので
逆レールの役目をし、脱輪することなく通過したってわけだ。

これがもうチョッと道路の氷が融けかかって
ザラッとした抵抗が増していたら、どうなっていた事かと考えてらゾッとした。

土手に乗り上げたPAJEROは、後ろから突っ込んでいたので
普通に前進できそうなので、バックでツルツル林道を下りるよりは楽に坂を下りれるだろう。

それに後ろのRV車には簡易チェーンが用意されていたので
これを装着してこのツルツル坂を下りる事にした。

二つのカーブには俺ともう一人が立って、後から登ってくる車をブロックする事にした。

パジェロは余裕で乗り上げた土手からソロリと降り、坂道を難なくスウッと下って行った。
さすが、簡易でもチェーンがあると滑る坂を、簡単に降りれるもんだなと思った。
さっそく俺もオートバックスに行って買ってこようと思った。

最後の一台が無事に下りた所で3人して話し込んだが
「お互いの車に大きな損傷は無いから3人痛み分け」
という事で話が付き、お互いの無事を喜びながら解散となった。

俺はいうと、せっかくここまで来て引返すのもなんだから
この場所に車を置いて、あの渓をめざす事にした。
車から鉄砲と銀ちゃんを降ろし渓に向かった。

銀ちゃんは事の事情をコレポッチも知らないので喜び勇んで坂を駆け上っていったが
途中何回か滑る路面に足を取られ、体勢を崩していた。
俺は林道脇の滑らないところ選んで登って行った。

車の行き止まりの所まで来たら、後は山道なので滑らないが
その代わり雪をのラッセルしながらの登りはきつく
フウフウ言いながら上っていったのだった。

途中、獣道をふさぐように崖が渓底まで30メートルほど崩れていた。
モチロン銀ちゃんはタッタタと崖崩れを飛び越していったが
俺はさっきの事もあるので、慎重にならざるおえなかった。
そこも無事クリアーして峰を目指したが、ヤマドリの気配はまったく無く
銀ちゃんも張り合いがなさそうに山の斜面を捜索していた。
峰に出る前に、もはや俺はやる気が失せてしまい引き返す事にした。
気合も体もだらけてしまったまま、今来た獣道を自分の足跡をたどりながら
つぼ足(雪からの抜き足抵抗)転ばないように下った。

さっきの崖崩れの所に来た。
最初の一歩目を無造作に踏み出した途端、フッと身体が軽くなるような感覚があり
何の抵抗も無くズルゥーッと滑ってしまった。

ワアッーーーと叫び声を出しながら、そのまま格好で崩れた崖を渓底まで一直線に滑り落ちて行った。

途中、銃が暴発したら危ないと思い、両手で銃を高く掲げ万歳の格好のままビュッーーと滑落した。

渓の流れの一歩手前でようやく止まった。
滑り落ちる俺の後を銀ちゃんが嬉しそうに付いて駆け下りてきて、俺の顔をベロンと舐めた。

一日に2回も滑り落ちた俺には息子が二人いて、それぞれ高校と大学の受験の年だ。
そんな大事な時に2回も滑って落ちるなんて、ナント縁起の悪い事だと思ったが
息子たちの身代わりにオヤジが、2回も滑り落ちてやったので
もう落ちたの滑ったのは無いな、とイイ方に思う事にした。

にゃにゃぷす。。
2004・1・28