
アタリ、即ヒット。
御所湖と言ったって「どこの湖なんじゃい」と思う方が多いと思います。
アルペンスキー、ワールドカップ会場で一躍有名になった雫石スキー場。
そのふもとにあるのが、ここ御所湖である。
って言ったって、はるか昔の出来事なんで、「はあ」という方が多いかと思われます。
それよりも、ダイワ鮎マスターズ東北大会の会場でもある雫石川の支流竜川がある所
と言ったほうがピンと来る釣り人が多いじゃないんかと思うのですが(そ〜でもないか)
まあいいや、話をすすめよッ、その下流にあるダムが、この御所湖であります。
このダム湖が出来立ての頃、雫石川漁協には海との交流が寸断されてしまった分
その保証が充分の頃で、ヒメマスなんかを盛んに放流してブリブリ言わし元気な頃の事です。
オラ的にはヒメマスは無理じゃねえかなと常々思っていた位のチョイ汚さだったが
湖らしい体裁はギリギリって感じの頃の話でもあります。
ちなみに、このダムの下は北上川の魚止めとなっているので
もちろん、遡上してきた桜鱒の好ポイントになっているのは言うまでもない事。
今を去ること18年前、突然オラの店に現れた 釣りオタクのジャニーズ大盛り君。
そのO森君を連れて尺やまめ狙いに、このダム下に出かけた時の事。
このエリアで一番大きな瀬、その脇のたるみに差し掛かった大盛り君。
セオリーどうり瀬とそのたるみの接点をなぞるようにしてブレットンをアップキャストし
リーリングを始めたその時、ゴックンと重い当たりがあったとさ。
そのアップからダウンへと引いてきたルアーに喰らいついて来た桜鱒は
あまり抵抗せずに大盛り君の足元まで寄ってきたそう。
大盛り君の真ん丸いお目目と、桜鱒のヤンキー姉ちゃんのような目がバッチ合ったその刹那
ヤンキー姉ちゃんは大盛り君の周りでバッシャンバッシャン言わしながら暴れまくっていた。
どーしようも無い、何の手立ても無い大盛り君は、左手でヤンキー姉ちゃんを捕まえようとして
何回かはその豊満なボディーにタッチはしたようだが、最後のジャンプで
ブチッとルアーごと切られてハイさようなら。
それを対岸から一部始終見ていたオラは「ここはアラスカか」と思うほどの迫力画面。
オラの店に夕方戻った大盛り君は、オラが何を言っても力の無い返事ばかりで茫然自失。
そんな状態が一週間は続いたっけな、ジャニーズ大盛り君。
なにしろ、盛岡の奥座敷と言われた温泉街が周りにあるもので
その排水が長年モロに流れ込んでいるせいか、今じゃすっかり富栄養湖となってしまい
また度重なる鉄砲水が運んでくる土砂なんかで、今じゃ鯉とヘラブナの泥湖になってしまっている。
遊漁券で商売しようと思ったら「ブラックバスでやりゃ〜いいじゃん」とオラは思ってますが
近年、ブラックバス=害魚=釣る人=犯罪者、てな図式が出来上がってしまい
今となっては無理かなと思いますが、暖冬のせいか湖面に氷が張らない=ワカサギ釣りが出来ない
=遊魚券が売れないという、こういうときこそ頑張れば
雫石町の町興しにも一役買うんじゃないかと思いますがね。
ガンバレ!雫石川漁協。
ちなみにブラックバスのボートフィッシングのオラのアベレージは40〜45cmであります。
オラじゃないけど、60オーバーは年に何回かは聞きますよ。
さてと、今は昔の話になっちまいましたが、その当時の自慢話ということで勘弁してね
と言うことで、お付き合いくださいませ。
春の暖かさに促されるように、山々のが雪代水に変わり
一気に川に流れ出る5月の連休の前、ようやく御所湖が満水状態のピークとなる。
この一瞬の間だけ雫石駅ウラに、とてもナイスなバックウオーターが出現するのだ。
それに合わせるように、ワカサギの産卵がピークを迎える。
それにつられる様に、このインレットにいろんな魚が大量に集結するのです。
すると待ってましたとばかりに、湖にいるアメマスもわかさぎの後を追うようにして集まり
そして釣り人も集まり、お祭り騒ぎとなるのだ。
夕方の4時も過ぎると時合ができ
雫石川がとうとうと流れ込んできているインレットが、にわかに騒がしくなってくるのだ。
あばれるんじゃね〜ぞ
1987年当時のオラはバリバリのフライマンで、わかさぎをイミテートした
シルバースメルトもどきで、そのアメマスを狙うのでありました。
そのインレットにできた中州に立ち、ちょうど対岸にある沈み岩の後方の
巻き返しのたるみポイントに照準を合わせ、わかさぎの群れを追い詰めているアメマスを
ポイントしキャストを繰り返すのである。
時折でかい中型犬くらいの大きさはあるアメマスが、インレットの重い流れの中を
ワカサギの群れを追い川を横切る様子が手に取るように見えてギンギンに興奮するオラではあった。
その当時このアメマスを狙う釣り人は、圧倒的にフライフィッシャーマンが多く
ルアーマンは数える程度しかいなかった。
又、その頃のルアーマンには、まだミノーという武器は一般的で無く
もっぱらスプーンで狙うものだから、わかさぎに狂っているアメマスに
当然のごとくソッポを向かれてしまうのである。
極たま〜に30cm位のアメマスが間違って掛かるくらいなモンで
修羅場をくぐりぬけた賢い大物は、なかなかヒットしてくれないのだった。
それでもスプーンで、きっちりと掛ける人はいるものです。
この時、この場所で初めて出会い、知り合いとなったウメさんその人である。
ウメさんの場合、スプーンを使うのは使うのだが、そこは釣り研究家の面目躍如。
釣果を上げているフライマンから当たり毛ばりを無理に貰い受け
スプーンにリーダーを結び付け、そこに例のフライを結んだモノをこしらえたのである。
レイクトローリングのドジャースプーン&キャストトレーラーってヤツですか
そういう釣法を独自に編み出し、フライフィッシャーマンに負けない釣果を上げ
きっちりと答えを出すあたりは、その当時から「恐るべしウメさん」シンキングフィシャーマンであった。
イッチョ上がり〜と。
そんなオラがフィッシング別冊で見た泉和麻氏のHANKLを見て
これならあの御所湖のバックウオーター、それも午後4時過ぎから始まるゴールデンタイム。
あの狂い泳ぎのアメマスに使ったら無敵だなと思い、さっそく御所湖のワカサギをイメージし
ミノーを一冬掛けて作ったのは言うまでもない事であった。
雫石駅ウラのウルトラゴールデンバックウオーターがまだ形成されて無い1ヶ月ほど早い時期こと。
まだまだ湖岸には氷が残っている寒い頃です。
出来上がったばっかりの御所湖ミノーのスイムテストを兼ねて
あわよくば「アメマスが釣れれば良いな〜」というのが本音で
まずは本湖で手慣らしを兼ね、ワクワクしながらキャストを始めるオラであった。
答えは案外あっさりと返って来たのであった。
それは、ワカサギが騒いでいるような所(ボイル状態)をいち早く見付け
すぐさまオラのミノーをキャストをすると、コツンとコンタクトが返ってきて、たまにググッとくるのだった。
もうオラはコレで有頂天となり、このミノーさえあれば
「御所湖に敵なし」とばかり毎日御所湖に通いはじめたのである。
そして御所湖のあらゆるポイントを開拓しては釣果を上げ、一人で悦に入っていたものでした。
しまいには、先述のジャニーズO森君を連れて、店が終えてから
午前0時頃にも出かけて御所湖でキャストを繰り返すのでした。
ある日、ぶり返した寒気で岸際が凍るような晩の事でした。
護岸されている岬の先っぽで、いくらかでも前に出てキャストしようとしたO森君。
その先っぽまで出たの良いのですが、そこの足場はツルツルのテロテロ。
「おわっつ!」と声をあげてオラに助けを求めたO森君をからかい半分に
ルアーロッドの先っぽで突っついて引きつるO森君を、もて遊んだこともあったな〜。
ってわけで、しばらくは誰にもミノーの事はしゃべらずに、オラ一人だけで御所湖のアメマスを
一人占めにしようと考えてたセコイおらではありました。
ザットこんなモンでしょ。
でも、その当時ではまだまだ珍しいハンドメイドミノーを誇らしく思ったオラは
どうしても皆に自慢したくなって来たのです。(天狗って奴ですな。)
毎日御所湖にかよってるオラは、安庭岬に渦が出きる絶好の日を伺いました。
そしてキキミノーのデビューの日は、大きな反転流が安庭岬に出来るだろうと思われる
明日の早朝に決まりだなと思い、知り合いのフィッシャーマンに声を掛けておきました。
シカシお間抜けなオラは決行のその朝、時合いから一時間も寝過ごしてしまい
慌てまくりで御所湖にすっ飛んだのでありました
一番ポイントである安庭の岬沖に出来ているICポイントには
ピーターパンのマスターをはじめとしたルアーマンが
好ポイントを独占しオラの入る余地はまったくありませんでした。
仕方なく誰か空けてくれるのを待っていると、なんと沖合いで30mで
ワカサギのボイルが始まり、それにめがけて皆さんキャストを繰り返すのですが
スプーンには、そう簡単にはヒットしてくれないようでした。
「あ〜クッソ〜俺のミノーを投げたら一発なのにな〜」と地団駄踏んでいるオラに
心やさしい岡田さんが場所を少し空けてくれました。
お礼もそこそこに、おもいっきりキャスト一発。
すかさずグンという大物特有の当たり
「こりゃ今日はオラのハンドメイドミノーがまたも爆発しそうな予感だな」
そして華々しくデビューを飾れそうだネと嬉しい予感だらけ。
2投目でゴックンと鈍い当たりがあったと思ったら
ぐんぐんとラインを引っ張って行くんじゃございませんか。
すかさずオルビスのスピニングリール(結構自慢の一品)の
頼りないドラグを緩め応戦体制に入りました。
程無くして寄せてきたアメマスは丸々とふとった推定50cmはあろうかと思われる大物でした。
まだまだ余力がありそうなので慎重にシンチョウにと心がけたちょうどその時でした。
ミノーのベリーについてるフックが口に浅くかかっていたのか
「ポスッ」と外れてしまいました。
万事休す。
もはや、この攻防戦は終わったか、に思われましたが
「天は我を見放さず」ミノーのテールのフックが
かろうじてアメマスのエラの部分に引っかかっているんではありませぬか。
こうなりゃもっとリールのドラグを緩め応戦。
しばらくのやり取りの末、やっとの思いでネットイン。
本当に疲れるな〜と感じるも、周囲のルアーマンの羨望のまなざしを受け
ますます広がる鼻の穴にケツの穴。
これでめでたくも、キキミノーのお披露目を兼ねたワンマンショウが
にぎにぎしく無事にとり行われたのである。
お披露目の1本
そしてキキミノーの噂はあっとゆうまにかけめぐり
本業がなんなのか分からなくなるくらいの注文を受け
釣りに行く時間を割いてまでミノー作りに没頭しなければならない日が続きました、と。
そして、それはR・シカー2000へと果てしなく続いていくのであった。
にゃにゃぷす。
1999/5/13