sukoshi fushigi no kuni
少し不思議の国
『三田評論』no. 1166 (慶應義塾, 2013年4月), p. 83.
藤子・F・不二雄『ドラえもん』をテーマにした短いエッセイです.
提示される逆説の大半は論理的です. 鼠が猫をではなく, 猫が鼠を恐れる. たとえば, 同じく論理的逆説に充ちている別の有名な物語でも, ニヤリのない猫ではなく, 猫のないニヤリが出現する. このマンガの世界を, その物語にちなんで「少し不思議の国」と呼んでみてもいいでしょう.
しかし,『アリス』を特徴づけるのは逆説的論理だけではありません. 兎穴の落下, 首を切れと叫ぶ女王, 首の伸びる少女. 初期『ドラえもん』においても, 切られた影が本物と入れ替わり, 手足が付け替えられ, 顔が消しゴムで消される. そこにあるのはいずれも, 論理的なものというより, むしろ不気味なものです. 恐怖を誘うこの傾向をしだいに放棄して論理的秩序に向かうようになるという点においても, この2人の作者の歩みは重なっています.
大きくなる, 透明になる, 動物になる…. 初期の「こんなこといいな」は身体に, そして生死や成長に密接に関わっています. 薬品を飲んで身体が変化する. 涙が池を作る. ここで定着されている世界像は幼年期のイメージです.
さて, この世界が後退するにつれ, それと引き替えに頻繁に見られるようになるものがあります. そう, あのヒロインの言わずと知れた入浴シーンです.『鏡の国』の主人公も最後は女王になった. 大人の世界が到来したのです.