強制収容所, 生殺与奪件, ホモ・サケル, 例外状態
大澤真幸ほか編『現代社会学事典』(弘文堂, 2012年12月), pp. 280–281, 744–745, 1186, 1335.
事典の項目です.
強制収容所 きょうせいしゅうようじょ
[英] concentration camp [仏] camp de concentration [独] Konzentrationslager
体制にとって有害・無益な人間集団を, 市民権を停止させて強制的に収容する施設. なお, 収容自体や強制労働をではなく, はじめから殲滅を目的とするものは「絶滅収容所」(Vernichtungslager) と呼ばれる.
行政はこれにより, 特定の国籍・民族・宗教・政治的主張・習慣・性的志向・疾病をもつ者を恣意的に集約・排除できる.
19世紀末にヨーロッパが植民地に設けたものが最初で, 第1次世界大戦中にはヨーロッパ各地に作られた. その後もソ連の「ラーゲリ」(лагерь) やアメリカの日系移民収容所, 中国の「労働改造所」などが作られ, 今も北朝鮮で「強化所」その他の収容所が運営されているとされる. だが依然, ドイツ国内や占領地でナチによって両大戦間期から体制崩壊まで運営されたものが代表的とされ, 最も大規模だった「アウシュヴィッツ」は代名詞化している.
アガンベン, G. は『ホモ・サケル』で, 法権利の例外を生産する権能が主権的権力を定義づけるとする観点から, 強制収容所は単なる過去の特異事例ではなく, 今もなお現代政治を規定するパラダイムのままだと主張した.
【主要文献】Agamben, Giorgio, Homo sacer, 1 (Il potere sovrano e la nuda vita), Einaudi, 1995 (アガンベン著/高桑和巳訳『ホモ・サケル』以文社, 2003).
生殺与奪権 せいさつよだつけん
[羅] vitæ necisque potestas
ラテン語で「生あるいは死 (殺害) の権力」. ローマ法で「父権」(patriapotestas) の中核をなす, 息子に対して父が行使できる殺害権.
フーコー, M. は『性の歴史』第1巻において, これを古い権力行使 (主権的権力) に属するものとしたうえで, 古典主義時代以降主調となるのはこれとは逆の, 生命を増進させる方向に働く「生権力」(biopouvoir) であると述べた.
この見かたに対してアガンベン, G. は『ホモ・サケル』において, 主権的権力は今も主調にあるとする観点から修正を加えた. 彼は父権が狭義の主権より優位にある古代の事例 (行政官がその父に制裁されるなど) を参照し, 生殺与奪権が主権的権力に母型を提供していると示唆している.
市民の政治生活は今日もなお, 法的裁可なしに殺害されうる息子に相当する部分を市民がわが身に (自分が脳死になったときに取り出される臓器などとして) 潜在的に引き受けることによってのみ根拠づけられているとされる.
【主要文献】Foucault, Michel, Histoire de la sexualité, 1 (La volonté de savoir), Gallimard, 1976 (フーコー著/渡邊守章訳『性の歴史』第1巻 (『知への意志』) 新潮社, 1986). Agamben, Giorgio, Homo sacer, 1 (Il potere sovrano e la nuda vita), Einaudi, 1995 (アガンベン著/高桑和巳訳『ホモ・サケル』以文社, 2003).
例外状態 れいがいじょうたい
[英] state of exception [仏] état dexception [独] Ausnahmezustand
法権利によって法権利自体が部分的に停止される状態.
シュミット, C. は『政治神学』において, 議会制民主主義の無効性を批判する立場から,「主権者とは例外状態に関して決定する者のことである」と定義づけた. 独裁を要請するこの議論は, 国家緊急権を発動させるナチの全権委任法を裏づけることになった.
アガンベン, G. は『例外状態』でこの立論を取りあげなおし, この法現象に対して法学者が向きあいそこねてきた歴史を批判的に検討したうえで, 現在もなお世界の至るところで例外状態がさまざまな形で生産されつづけていると主張した.
アガンベン以前では, 彼の発想源でもあるフーコー, M. が, 古典主義時代における国家理性は法を凌駕する内政を「クーデタ」の名のもとに要請していたと指摘していた.
【主要文献】Schmitt, Carl, Politische Theologie, Duncker & Humblot, 1922 (シュミット著/田中浩・原田武雄訳『政治神学』未來社, 1971). Agamben, Giorgio, Homo sacer, 2-1 (Stato di eccezione), Bollati Boringhieri, 2003 (アガンベン著/上村忠男・中村勝己訳『例外状態』未來社, 2007). Foucault, Michel, Sécurité, territoire, population, Gallimard & Seuil, 2004 (フーコー著/高桑和巳訳『安全・領土・人口』筑摩書房, 2007).
ホモ・サケル ほも・さける
[羅] homo sacer
ラテン語で「聖なる人間」. ローマの古法では, 特定の違犯に対しては具体的な処罰がなされず, ただ「聖なる者 [サケル] であれ」という宣告がなされる.「聖なる」(sacer) とは「世俗的圏域から切り離された」という意味である. 宣告を受けた者 (つまりホモ・サケル) は法権利の埒外に置かれるため, 誰が彼を殺害しても殺人罪は構成されない.
アガンベン, G. は『ホモ・サケル』においてこの逆説的な法的形象を取りあげ, ここに見られる「包含的排除」を主権的権力を根拠づけるメカニズムと見なした.
この逆説は近代民主主義によって主権が人民のものとされたときに決定的な矛盾を生む. すなわち, 人民が人民自体のうちに「聖なる」例外を括り出すようになる. この観点からすれば, ナチ体制下で安楽死させられた精神疾患の患者, 同じくナチ体制下で強制収容所に入れられて虐殺や人体実験の対象となったユダヤ人やロマ人, あるいはまた全世界の難民, 脳死の人などに見られる生命のありようは, 現代の政治的身体から例外化され排除されたものという共通点をもっており, それらは現代の「ホモ・サケル」として今日の主権的権力のありようを等しく逆照射するものと言える.
【主要文献】Agamben, Giorgio, Homo sacer, 1 (Il potere sovrano e la nuda vita), Einaudi, 1995 (アガンベン著/高桑和巳訳『ホモ・サケル』以文社, 2003).