新潟県内企業と新会社法D終
企業再編と買収・事業承継
 
新潟大学・風間事務所 山田剛志
 
 はじめに
 5ヶ月(実際には1ヶ月休みを頂いたため6ヶ月)に渡った連載も今号で終了ということになります。ここ1ヶ月の間に、村上ファンドの代表がインサイダー取引で逮捕されるなど、資本市場では動きが激しくついて行くのが大変です。6月7日には、証券取引法を全面改正する「金融商品取引法(通称投資サービス法)」が国会を通過して、来年度中には施行の予定されます。ライブドア事件での投資事業組合や村上ファンドのような投資ファンドに対する規制が強化され、あらゆる金融商品の販売に対し、説明義務が強化されます。また同法では、上場企業の情報開示が強化され、日本版SOX(アメリカにおける企業改革法:サーベンスオクスレー法)とも呼ばれています。アメリカではサーベンスオクスレー法により、監査コストが4割増えたということです。わが国でも、中央青山監査法人の業務停止のあおりで、監査コスト上昇が心配されています。県内でも、監査強化に関連して、大手の監査法人が解散するなど、混乱が続いているようです。
 会社法ではこれまで慣れ親しんだ言葉の意味が改正され、現場ではかなりの混乱があるということです。例えば、これまでは営業譲渡と呼ばれていたものが、上記の通り事業譲渡となったり、利益配当が剰余金配当(分配)、営業報告書が事業報告となるなど、正確な理解が必要です。一株でも譲渡制限のつかない株式を発行している株式会社を公開会社(株式上場企業ではない)と呼ぶなど、感覚では答えられないため、注意が必要です(笑)。
 今号では最後に施行が1年延期された企業再編関係の解説、買収防衛策の検討をしたいと思います。貴会の会員の方が適切に会社法を理解して、会社法のメリットを県内の中小企業が享受できることを期待して、本連載の終わりとしたいと思います。拙稿をお読みいただいている会員の先生方に対し、最後までおつきあいいただいたことに感謝します。
 (本稿に関する問い合わせは、風間士郎法律事務所、もしくは yamada@jura.niigata-u.ac.jpまでご連絡頂けると幸いです)。
 
  (目次)
1、新しい会社制度と設立時規制の緩和
2、中小企業における機関設計と登記事項
3、中小企業における株式制度の変更と社債
4、株式会社における役員(取締役・会計参与)の責任と決算手続・内部統制(前号)
5、企業再編と買収・事業承継(本号)
 
5、企業再編と買収・事業承継
 (1)企業再編法制の変更
 会社の合併または分割という行為は通常、企業再編と呼ばれるています。組織再編については、商法上ほとんど改正はなかったが、1999年に持株会社化を目的とする株式交換・株式移転が創設され、2000年には会社分割制度が創設されました。会社法では、商法上認められていた企業再編スキームを整理して、以下の通り整理されました。すなわち会社法は、@吸収合併・A新設合併・会社分割(B吸収分割及びC新設分割)・D株式交換・E株式移転、及びF組織変更を、株式会社及び持分会社(合同会社・合名会社・合資会社)間で行うことを認めました。会社法での大きな変更点は、吸収分割・吸収合併・株式交換の場合において、消滅会社の株式だけでなく、金銭等の交付を認めたことです。これを「対価の柔軟化」とよびます。しかし会社法では、これらの規定が施行されると外国企業による買収が活発になると批判されたので、この分野は施行が一年遅れて2007年5月施行となりました。裏を返すと、2006年度の株主総会で買収防衛策を整備しなさいという会社法の親心ともいえます。(実はこの話をある研究会で行ったところ、県内大手の金融機関の担当者から「県内企業は同族による持分比率が高いので大丈夫です!」という返事が来た(笑)。県内の株主が全て善意の人であることを期待します。)
 これまで対価の柔軟化が認められなかった背景には、少数派株主の締め出し合併が可能となるという批判がありました。特に現金のみを対価とする吸収分割(キャッシュアウトマージャーと呼ばれる)の場合には、少数派株主の株式は多数決により「収用」されるため、「公正な価格」で買取しなければなりません。公正な価格とは、いわゆる合併によるシナジー(合併差益)を考慮することができるという意味です。
 対価の柔軟化で認められた買収方法の一つが、いわゆる三角合併です。県内でも複数の企業をグループ化する例があるが、その場合、相続対策が大きな問題となります。以下一つの例を挙げて説明したいと思います。
(例1)建築業を営むA社は、道路、設計、土木の各社を子会社としていたが、先に資本関係を整理して、Aホールディングを持株会社として、そのA建設、A道路、A設計、およびA土木を子会社として保有していた。今回、A建設が、中越地方に進出するにあたり、新規に進出するよりも、B建設を買収する方が有利であると判断されたので、A建設がB建設を吸収合併することとした。B建設の株主が対価として受け取るものは何か
図@
 
 上記の例で考えると、現行法ではB建設の株主が受け取ることができるのは、A建設の株式だけですが、2007年以降対価としては現金の他、Aホールディングの株式も認められます。このように、対価の柔軟化により、吸収合併される会社の株主が受け取れるのは、存続会社の株式だけでなく、現金や親会社の株式を対価として交付することが可能となりました。このように、親会社株式を交付する事例を、三角合併と呼んでいます(上記の例でいうと、B建設の株主が取得するのは、A建設の株式ではなく、Aホールディングの株式となります)。
 同じく企業再編法制における大きな変更は、組織再編行為の簡略化があります。その一つである簡易組織再編行為は、簡易吸収合併、簡易吸収分割、簡易株式交換の際には、通常双方の会社の株主総会の決議が必要であったが、会社法では消滅会社の株主に交付する財産額が、存続会社の純資産額の20%以下ならば、取締役会決議だけで十分となりました(従来は5%)。
 (例2)A社は、不動産事業に進出したいと思っているが、新規に子会社を設立するより、後継者がいないB不動産を買収したいと考えているが、A社の株主には不動産業に反対の株主もおり、株主総会を開きたくないが、可能か。
 この事例で、B不動産の株主に対価として交付する財産額がA社の純資産の20%以下であれば、A社の株主総会決議は不要となります。
 (例3)甲社は乙社の株式を90%以上保有しているが、相続対策もかねて、完全子会社かしたい。乙社の株主の中には所在不明のものがおり、株主総会には手間がかかるため、省略できるか。
 この事例でも、会社法では乙社の株主総会を開かずに、合併等が可能となりました(会社法784条他)。但し株式譲渡制限会社が株式発行をする必要がある場合には、略式組織再編行為は利用できません。
 このように会社法では、中小企業でも利用可能な組織再編行為を採用しており、適切なアドバイスが可能となるでしょう。
 
(2)買収防衛策
 本連載第3回で種類株式の発行による買収防衛策を概説しましたが、本号では一般的な買収防衛策を簡単に説明したいと思います。特に企業再編の分野で重要な課題は、適法な敵対的買収防衛策(被買収会社の取締役会の承諾を得ずに、買収すること)を整備することです。しかし買収防衛策に関し、東京証券取引所や金融庁からは、明確に適法な防衛策に関する指針等は公表されていません。また裁判所の判例は、必ずしもこの指針に沿ったものとはいえず、学会でも定説がいまだありません。
 これまで買収防衛策としてわが国でとられてきた一般的方法は、友好的な第三者に対する新株発行(旧商法280条の2以下、会社法210条)でした。この方法は実際に敵対的な買収者が現れてから行うもので、有事導入・有事発動型の買収防衛策と呼ばれています。他方買収者側でこの新株発行に対抗するためには、当該新株発行が支配権維持のための「著しく不公正な発行方法」にあたるとして、旧商法280条の10に基づき、取締役会で決議された後新株発行が効力を発生する前に発行の差し止めをしなければなりません。
 この差し止め請求に関し、これまでの判例理論は、「主要目的ルール」と呼ばれ、会社に具体的な資金のニーズがあり、その調達が主要な目的として第三者割当増資を行った場合には、著しく不公正な発行方法とはいえないとされています。お茶の間の注目を集めたライブドア元社長の堀江被告によるニッポン放送株買収により、敵対的買収やTOB(公開買付)という用語が一気に知れ渡るようになりましたが、会社法上は同事件(ニッポン放送事件(東京高決平17年3月23日)で重要な判示が行われました。
図Aニッポン放送事件
(判旨)「以上のとおり,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者又はこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には,原則として,商法280条ノ39第4項が準用する280条ノ10にいう「著シク不公正ナル方法」による新株予約権の発行に該当するものと解するのが相当である。」
(特段の事情)株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情がある場合には,例外的に,経営支配権の維持・確保を主要な目的とする発行も不公正発行に該当しない。例外とは、株式の敵対的買収者が,@グリーンメイラーである場合、A焦土化経営を行う目的、BLBOを行う場合、C株式の高価売り抜けをする目的があること。
(結論)ライブドアが上記のような目的で株式の敵対的買収を行っていることを認めるに足りる確たる証明はない
 上記の通り、ニッポン放送事件では、資金調達の目的が無く支配権維持の目的で行われる新株発行も、相手方が特段の事情(例えば、高値買い取りを目的とするグリーンメラーなど)に該当する場合には、「著しく不公正」とはいえないということになります。
 最近譲渡制限がついていない県内企業から、株主提案による臨時株主総会の招集請求が来たという事案について、相談を受けた。相手方の株式買い占めへの対応策(委任状勧誘)に参加させてもらったが、通常このような場合に、とるべき手段は友好的な第三者に対する新株(または新株予約権)の割当でしょう。
 図B第三者割当増資による買収防衛策 
 
 つまり、本事案で仮にX社がB社に対する第三者割当増資を「不公正発行」として差し止めようとした場合、資金調達目的が無くとも、A社側がX社は過去に株の強圧的な売り抜けで巨額の利益を上げている(グリーンメイラー)ことを疎明(そめい:70%の証明)すれば、差し止めは認められないことになります。
 一方あらかじめ防衛策を準備しておく平時導入・有事発動型の新株予約権を用いた買収防衛策は、アメリカ法ではポイズンピル(食べると死ぬという毒薬の意味)若しくはフィリップイン型ライツプラン(rights plan)と呼ばれ、わが国ではその適法性が争われています。実務では、2005年度の株主総会において平時導入型の買収防衛策が導入されたが、統一した判断基準がないため、ある企業においては会社側が提案した買収防衛策が否決されるなど、混乱が続いているようです。
 会社法では、本連載第3回で説明したように、譲渡制限をつけた黄金株や全部取得条項付き種類株式による買収防衛策が有効です。しかしこの場合、定款変更が必要となるため株主総会の特別決議が必要です。一方松下電器をはじめ大手企業で採用されているライツプランは、事前警告型と呼ばれ、防衛策を平時のうちに開示して事前警告を行うというものです。仮に敵対的買収者が登場した場合、事前警告に従い、その相手方である敵対的買収者だけが行使できないという差別的行使条件を付した新株予約権を全株主に無償で割り当てます。その結果、敵対的買収者の持株割合が低下します。第3回で説明したとおり、会社法では株主平等原則が大幅に変更されたため、敵対的買収者だけに新株予約権を割り当てないような防衛策も適法と評価されています(苦笑)。
 例えば、松下電器産業のケースでは、「議決権割合を20%以上とすることを目的とする大規模買付行為については、@事前に大規模買付者から取締役会に対して十分な情報が提供される、A取締役会による一定の評価期間が経過した後に大規模買付行為を開始することが株主全体の利益に合致すると判断しており、これらの条件が順守されなかった場合には、1株につき最大で5株とする新株予約権を発行する」としています。このため、4月28日の取締役会において新株予約権の発行登録を行う旨の決議を行っています(松下電器HPによる)。
 何とか本稿により会員の先生方のお役に立てれば、という気持ちで連載をさせていただいたが、予想以上にお読みいただいているようで、非常に幸甚です。これだけ根本的に変更された会社法に、驚かれた先生方も多いとおもいます。会社法制定を契機に、今まで定款変更や登記などでも、結果として県内の中小企業がそのメリットを享受することを期待して、本連載の終わりとしたいと思います。今後とも、よろしくお願い申し上げます。

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