メッセージ  (説教より)
「サムエル記 上」



「神のみ業の始まるとき」        サムエル記上 3章1節-4章1節

「そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」(3:1) 
「主は引き続きシロで御自身を現された。主は御言葉をもって、シロでサムエルに御自身を示された。サムエルの言葉は全イスラエルに及んだ。」(3:21ー4:1) 
3章と4章の間に有名なサムエルの召命の話があります。

彼は「サムエルよ」と呼ぶ神様の声を聞いたのです。アブラハムもモーセも、ペトロもザアカイも、皆神様から呼びかけられました。自分への語りかけを聴くことが信仰です。聖書学者ベンゲルは言います。「聖書は一人称で読みなさい。あなた全体を本文に当てはめ、事柄のすべてをあなたに当てはめなさい」と。

一人称で読むとき、「どうぞお話ください。僕は聞いております。」と神様の前に立たされます。祈りには訴えもありますし、願望もあります。しかし最後は主のお心を聞くのです。神様を知らない人の祈りは「僕は語ります。主よお聞きください。」かもしれません。 

「主よ、お話しください」と聞くサムエルに、神様は耳が二つとも鳴るようなことを言われます。最も自分が触れたくないこと、でも避けてはいけないこと、小さな声でささやくそれを処理することで神様の業は進みます。