メッセージ  (説教より)
「マタイによる福音書」





「悲しみをたどられる方」        マタイ 2:13−23

占星術の学者達は、イエス様を礼拝すると、ヘロデのところへは寄らずに自分の国に帰りました。それを知ったヘロデは、ベツレヘム周辺の2才以下の男の子を一人残らず殺し、そこに嘆き悲しむ声が起こりました。かつてイスラエルがアッシリヤによって滅ぼされ、連れていかれた奴隷の集合地(ベツレヘムの近くの)ラマの叫びと同じです(エレミヤ 31:15)。

イエス様は危機一髪でエジプトに逃れ、そこで住み、ヘロデが亡くなった後も、大事を取ってマリヤの故郷、信仰の光の届かないのナザレで成長されました。

エジプトでの奴隷の生活とアッシリヤ(バビロン)による亡国の苦しみ。

 マタイは、イエス様とモーセ、男の子を殺し続けたファラオとヘロデ、イエス様によって起こったラマの悲劇とアッシリヤ(バビロン)の悲劇を重ねあわせて記します。

マタイは「神は我らと共にいます」の福音を語ります。イエス様は世の終わりまでいつも私たちと共にいて下さり(マタイ28:20)、今も共にいて下さる。

しかし、私の「今」は、過去を引きずっています。善いことばかりではなく、辛く悲しい、ユダヤの過去と同じ、出来ればやり直したいと思う歩みを引きずっている「今」です。イエス様が共にいてくださるとは、そんな過去をたどりなおし、踏みなおして下さる主としてなのです。