メッセージ  (説教より)
「ルカによる福音書」





  「この目で救いを見た」    ルカによる福音書 2章22−38節

「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
この僕を安らかに去らせてくださいます。
わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
これは万民のために整えてくださった救いで、
異邦人を照らす啓示の光、
あなたの民イスラエルの誉れです。」

 ルカには三つの歌が記されています。ザカリアの歌(1:68-79)は朝の祈り、マリアの歌(1:47-55)は夕べの祈り、上記のシメオンの歌(2:29-32)は夜の祈りと言われています。シメオンの祈りを唱えながら一日を閉じ、一年を閉じ、人生を閉じられたらどんなに幸いなことでしょう。

 一体私たちの人生は完結するのでしょうか。曽野綾子さんは「どんな人も思いを残して死ぬものだが、神の存在を信じる者だけが完結しない行為の意義を評価しうる」と言っています。
 長く生きることは苦しみのひだを加え、悲しい経験を重ねることです。彼はその最後に、その目でキリストを見たのです。
 キリストを見るとは、幼子を抱くことです。東方の学者たちはイエス様をひれ伏して拝みました。(マタイ2:1-12)キリストをひれ伏して拝むことも大切ですが、同時にキリストをしっかり抱くことも大切です。
 キリストを抱くと、不思議なことに、私がイエス様から抱かれていることに気づかされます。シメオンの歌はイエス様を抱いた歌ですが、イエス様に抱かれた者の平安と喜びの歌でもあるのです。