メッセージ  (説教より)
「ヨシュア記」




「かちとる祝福」   ヨシュア記 11:1−23  

ヨシュア記は約束の土地の取得と、12部族への配分の様子を記しています。
先ずエリコ、アイなど中央部分を手に入れ、エルサレム、へブロン、ヤルムトなど南部を手に入れ、今日の箇所はハツオル、シムオン、シェフェラなど北部の征服の記事です。
祝福の約束は座して待ち、自動的に舞い降りてくるのではなく、足の裏で踏みしめて自分のものとしていきます。それは、結婚が神様の選びと祝福の中にありますが、結ばれた二人もその選びを自ら選び取るのと同じです。
その際「彼らの馬の足の筋を切り、戦車を焼き払う」必要があります。当時の戦車は馬に挽かせた車で、力の象徴です。捨てて得られるものがあり、捨てなければ得られないものがあります。何もかもを獲得するのではありませんし、また出来るはずもありません。何かを捨てなければ本当に大切なものは獲得できません。
恐ろしい連合軍と戦いますが、「彼らの心をかたくなにしてイスラエルと戦わせたのは主である」(ヨシュア記11:20 参照・出エジプト記7:3)と言います。この言葉に出会いますと、神様はひどい、むしろ敵の心を和らげてくれればいいではないかと思いますが、それは脇から眺めた理窟です。現実は厳しいのです。しかし敵がどんなに強く大きく見えても、その敵ですら神様の御手の中にあるのです。
この世界を支配しているのは悪の力、運命や呪いではなく、神様の愛なのです。ですから諦めず、やけを起こさず、投げ出さず、自分の足で踏みしめて祝福をかちとっていくのです。