メッセージ  (説教より)
「コリントの信徒への手紙二」






「自分を吟味せよ」    コリントの信徒への手紙U 13章1−4節

「わたしがあなたがたのところに行くのは、これで三度目です。すべてのことは、二人ないし三人の証人の口によって確定されるべきです。以前罪を犯した人と、他のすべての人々に、そちらでの二度目の滞在中に前もって言っておいたように、離れている今もあらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったら、容赦しません。」
 13章に入ってパウロの言動が一変したのではありません。以前からそのことは決まっていたのです。教会への誤解の一つは、教会は愛の場所であって、罪を犯した人への処分があるのはおかしいということです。教会の処分の眼目は罪ある人を罰することではなく、教会の秩序を守り、その人を救うための処置ということです(マタイ18:15-17「異邦人か徴税人同様に見なす」とは、改めて神様の愛と救いを必要とする者ということ)。
 教会用語でこれを「戒規」と言います。教会の中心は礼拝ですから、正しい信仰告白がなされ、間違った信仰が入ってこないようにする。それは信仰の中身だけでなく、信仰生活にも言えることです。戒規は慎重のうえにも慎重に適用しなければなりませんが、戒規のない教会や教会生活は考えられないことです。
 「信仰を持って生きているかどうか自分を反省し、自分を吟味しなさい。あなたがたは自分自身のことが分からないのですか。」と訴え、神様の救いを侮らない信仰生活をして欲しいというのです。でなければ信仰は必ず破綻します。