メッセージ (説教より) 「コリントの信徒への手紙二」 |
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「権威と誇りをもって造り上げる」コリントの信徒への手紙U 10:7−12
「あなたがたを打ち倒すためではなく、造り上げるために主がわたしたちに授けてくださった権威について、わたしたちがいささか誇りすぎたとしても、恥にはならないでしょう。」
力ある人が力を誇り、美しい人がその美しさを誇ることほど醜いことはありません。(エレミヤ書9:22-23) しかしまた、誇りのない人は、人としては生きられません。すると問題は何を誇るかです。
パウロは「誇る者は主を誇れ」(コリントT 1:31)と言います。高慢で鼻持ちならなかった自分が受け入れられて神の子とされた。信仰とは主を誇り、喜ぶことなのです。
「権威」にはアレルギーを感じるかも知れません。しかし、何事かを造り上げるためには権威が必要なのです。お医者さんに権威がなく、また看護師や患者がお医者さんの権威を認めなければ病気とは戦えません。
ルカ福音書9章の百人隊長の話は有名です。私たちはイエス様の権威を認めそれに服することを誇り、喜んでいるでしょうか。信仰とはキリストの権威に服することなのです。
誇りも権威も、自分に結びつける時鼻持ちならないものとなります。しかし、神様を誇り、御業の遂行のために与えられている権威に生きたいものです。