メッセージ  (説教より)
「マルコによる福音書」






「わたしの言葉は滅びない」        マルコ福音書13章28−31節

「いちじくの木から教えを学びなさい」(28節)と主イエスは言われます。「枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる」(28節)ように、「隠れた」罪が「露わになる」きざしを、人々の中にそして何より自分自身の中に見る時、主キリストが「戸口に近づいていると悟りなさい」(29節)と主は言われるのです。
 私たちの「隠れた」罪が「露わになる」きざしが、常にあるのです。心の中に抱いている悪しき思いが「露わになる」ことによって、私たちの罪が明らかになるのです。人を「憎む」心が、人を「殺す」罪となって表れるのです。私たちはそういう「世の終わり」の兆候の中に生きているのです。そのことに気づくべきなのです。そして、そのことに気づかされるたびに、主キリストが裁き主としてではなく、救い主として「戸口に近づいている」ことを覚えて、主キリストの救いに頼り、罪に打ち勝つ生活に励むべきなのです。
 「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。」(ヨハネ黙示録3章20節)と主は言われるのです。この主に頼り、この主を心の中に受け入れることによって、私たちは、隠れた罪が露わになる誘惑に打ち勝つことができるのです。
 「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」(31節)とあります。この世はどんなに確かに見えても、必ず滅びるのです。過ぎ去っていくのです。主の言葉だけが真に私たちの拠り所であり、私たちを生かす力なのです。