メッセージ  (説教より)
「マルコによる福音書」


「神の国はからし種のようなもの」      マルコによる福音書4章26−34節

 神の国は、土に蒔かれた種のようなもので、人が「夜昼、寝起きしているうちに」成長する(26−27節)、また、神の国は「からし種のようなもの」で、「地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る」(31−32節)、と主イエスは言われます。
 このことは、主イエスご自身が全人類の中でいわば「からし種」一粒ほどの存在でしたが、主イエスが十字架の死を遂げ、復活され、約束の聖霊を弟子たちに与えてくださったことによって、今や主の教会が全世界に広まっている。この福音宣教の現実を言い表している、と言うことができるでしょう。
 私たち自身の信仰生活については、信仰の成長や前進より、信仰の停滞や後退の方に意識が向きがちですが、私たちの人生の歩み全体の中で考えた時、私たちの信仰はやはり成長し前進していると言えるのではないでしょうか。齢を重ね、自分の心や体の弱さを覚える時、私たちが本当に頼ることのできる方はこのお方(主キリスト)以外にない、という思いが強められる間に。
 コロサイ書1章16節に「天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、・・・万物は御子において造られたからです。・・・万物は御子によって、御子のために造られました」とあります。この世の営みのすべてが主キリストの救いの支配の中にあるなら、その支配もまた前進し成長しているのではないでしょうか。そうであるなら、この世の営みの中で、その「良きもの」(フィリピ書4章8節)を味わい楽しみながら、主キリストの救いに生きる信仰生活ができることは、まことに大きな喜びではないでしょうか。