メッセージ  (説教より)
「創世記」


「格闘するヤコブ」     創世記32章23-33節

 ヤコブがヤボクの渡しで神と「格闘する」ように祈ったという有名な記事が記されています。「ヤコブは独り後に残った。そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した」(25節)とあります。
 この祈りのポイントは何でしょうか。それは、27節に「祝福してくださるまでは離しません」とありますように、神の祝福を求める祈りです。「神が私を顧み、私と共にいてくださり、私に平安を与えてくださるように」という祈りです。そのことをヤコブは必死で祈り求めたのです。
 ヤコブはヤボク川を渡って、いよいよ兄エサウに会おうとしていました。しかし、兄は私をどう思っているだろうか。まだ私を憎んで殺そうとしているだろうか、それとも、20年前の私の罪を赦して、私を受け入れてくれるだろうか。ヤコブは心引き裂かれる深い不安の中にあったのです。「四百人のお供を連れてこちらへおいでになる」(7節)という使いの報告が一層ヤコブを不安にしたのです。
その時、ヤコブは独り神の御前に必死で祈ったのです。「どうか神が私と共にいてくださるように。できることなら兄と和解できるように。そうでなくても、神が共にあって私を守ってくださるように」。そう祈ったのではないでしょうか。その祈りを止めなかったのです。一晩中そう祈り続けたのです。
祈りを止めなかったところにヤコブの「勝利」があったのです。その粘り強い祈りに、神は応えてくださったのです。「格闘をしているうちに腿の関節がはずれた」(26節)とあります。真剣な祈りの中でヤコブの心が「砕かれ」、真に神に「服する」人間にされたのです。この祈りによって「イスラエル」(29節)という名を与えられ、ヤコブは神の民を代表する人物とされたのです。