メッセージ  (説教より)
「コリントの信徒への手紙一」


「死は勝利に飲み込まれた」     コリントの信徒への手紙一15章50-58節


 「死は勝利にのみ込まれた。」(54節)とあります。勝利の命が先にあるのです。それが力強く働いて、遂に死を飲み込んでしまったのです。
 勝利の命とは、主イエスご自身のことです。主イエスは、その誕生の初めから「勝利の命」、聖霊によってあらゆる人間的な肉の働きから守られた、「聖霊の結ぶ実」(ガラテヤ書5章22節)に満ち溢れたお方なのです。そのお方が、復活によって、人間の最後の敵ともいえる死に決定的に勝利されたのです。
 現実には、死が勝利したように見えます。しかし、主イエスが父なる神への信頼の中に、自分を十字架につける人々への赦しと執り成しの祈りの中に十字架の死を受け抜いてくださることによって、主イエスは、内的には死に勝利しつつ死なれたのです。
 「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ福音書27章46節)と叫んで、主イエスは死なれました。主イエスは、すべての人間を代表して神から「捨てられた」のです。それ故に、陰府の深みに横たえられた主のお体は、大いなる神の愛と祝福の中に守られ、三日目に死が滅びの力をもってイエスの体を滅ぼし尽そうとした時、全能の神が御力をもって介入され、死の滅びの力が完全に打ち破られて、主イエスは復活されたのです。
 主イエスの内的な十字架の勝利が、神の全能の御力による死からの復活となって現わされたのです。今や主イエスは、文字通り、人間の罪と死に勝利する救い主として、いよいよ力強く救いの働きを始められたのです。