トップへ>住んじゃった、バリ
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バリ島は他のインドネシアの島とは違って、ヒンズー教の島です。街のあちこちにはこのようなお供え物があります。日本にはない異文化、異なった習慣もいっぱいです。
私の住んでいたコス↑
(長屋風アパート)
部屋の前のテラス 同じコスの住人、ユニとフィットリー
これはウブドの風景
懐かしい田園風景ですね。

私の住んでいたのは、バリ島クタのコス(長屋風アパート)
です。最初の4年間は同じ敷地内にある、トイレ・シャワ
ーは共同の部屋に住んでいました。コスの敷地は約400
坪。敷地内に2棟、全部で16部屋でした。旅行の感覚で
言えば家賃は安いですが、住んでいる感覚では高い家賃
です。プライベート・バスルーム付きの部屋もありま
す。
コスからすぐ近くのクタビーチ
一見、静かに見えますが、物売りとマッサージおばさんが
あなたを放っておいてはくれません!!

住んでいた印象も、やはりいつも皆の経済的な期待にさらされ
ていた感じでした。もちろん、きっぱりとNOは言いますが、
それすらも通じない、自分勝手な思い込みを押し付けてくる
ヤカラもたっくさ〜んいます。

毎日が戦いの日々でした。
普段はおしとやかな私ですが、キレて怒鳴ることもよくありました。
路上で「ざっけんなよ〜!」なんてことも。

「ビジネスになりそうだ」とこっそり尾行されたり、突然アパートに
やって来られたり…と怖いことも沢山ありました。私のように女
一人でやっていたビジネスは、彼らにとっては、それは美味しそ
うに見えたんでしょうね。

そういうストーカー的な行為も、インドネシア人にとっては
ストーカー行為ではなくて、ごく普通の行為
(ビジネス・チャンスとも言う)なようですけどね。(笑)
私の経験からいって、向こうから近寄って来る人はあまり
いい人間ではないと思います。
もちろん、はっきりとティダ=NOです。

自分自身を守るには体力と気力を使います。
わたくし店主が路地裏でスパイスを買っているところです。
外食がほとんどですが、やはり飽きるのでオイルコンポール
(石油のコンロ)を使って料理したりもしました。

辛い物が好きなこと、水シャワーが平気であることの
二点がクリアできれば、バリの長期滞在は安く済み、快適
であると思います。


それから、ディダ・アパアパ(ノープロブレム)の精神が
あればもう、ずっと住むのにも適しているのではないでしょうか。
(逆に、これがないと精神的に病んでしまうようです)
食事は日に三度の事ですので、重要ですね。
このように路上に屋台がたくさんあります。
いわゆる手押し車屋台=カキリマです。

最初は衛生面での不安もありましたが、火を通したもの
が多いので大丈夫でした。
慣れると病みつきです。お手軽、安い、おいしいと三拍子
そろっています。
これが屋台の味 ソトアヤム・ナシチャンプル・バクソ
長期滞在で大切なのは、ビザの修得。今現在はツーリストでもビザが必要です。
私はソシアル、ビジネス、マルチプルとビザを移行してきました。

ビザを修得するには、シンガポールで取るのが一番簡単ですが、
それなりにお金と手間と時間もかかります。


これぞカキリマ
バリは観光の島なので日本語、英語ともに通じる
機会が多いですが、やはり住むとなるとインドネシア語は
必要になってきます。

わたくしは日本で留学生から2年間ほど習っておりました。
最初は習い事の一つのつもりでしたが、段々と本気になり、
それなりにしゃべれるようにもなっていきました。

OLをしながらの勉強でしたので週に一度のレッスンでした。
それでも自習は毎日で、先生の宿題などもあり、
厳しかったです。が、そのおかげで、後のバリでの
生活に大きく役立ちました。


これはベモ(乗り合いバス)の中
会話はベモの中でも…

住んでいるとそれだけで言語がしゃべれるようになるかというと
そうではなくて、やはり勉強は必要だと私は思います。

めこん出版 「バタオネのインドネシア語初級」がおすすめ
の勉強本です。一冊暗記するとベラベラとしゃべり、また
相手の言っていることも聞き取れるようになっています。
同本のカセットテープもあり、繰り返し聞くと暗記できますよ。



クタの夕方の道路
まもなく渋滞が始まります
マチャム・マチャム と チャンプル

マチャム・マチャムは、いろいろの意味
チャンプルはミックス、ごちゃ混ぜの意味
インドネシアを象徴する言葉だな〜と私は思います。

思い出されるある日の夕方、バリ島クタでの風景
近くのモスクから聞こえるイスラムの祈りの声・アザーン、
コスの庭には供えられたばかりのヒンズーのお供え物
チャナンとそれに添えたお線香からたちのぼるよい香り。
大家さんが庭の草を刈って燃やす焚き火の炎。
バイクの音、音

ヒンズーとムスリムとがチャンプルな風景
そして、懐かしい日本の昔の夕方のような
焚き火の匂い。
まさに、マチャム・マチャムでチャンプルで
どことなく懐かしい風景です
住んじゃった、バリ

私カキリマは、1995年から2000年までの間をバリ島で
洋服製造ビジネスをして過ごしました。
当時、スハルト政権の退陣やルピアの大幅下落など、まさに
インドネシア激動の時でした。旅行とは違った住んだ時の感想
などを綴ってみました。