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これがバティック生地
最近はカラフルな色のバティックも多いですが、伝統的なのは
やはり茶色のバリエーションのバティックです。
多民族の国インドネシアでは、その地方ごとにバティックの柄が違い
区別することができます。
私の作業机です。お婆さんが使っていたシンガーミシンをテーブル代わりにしております。
このミシンはなんと今でも現役でちゃんと動きます。実際私が縫う時は、電動ミシンを使ってしまいますが。
バリでも職人さん達は皆、シンガーミシンを使っていました。デザインもステ
キなミシですよね。
この上でバティックの撮影をしたりもしております。

私のお針箱

ボタンやリボンはバリ以外にも
タイ・バンコクなどで購入
これがオーダーシート
私の専属のお針子兼工場長のスユットはバリに住んでいます。現在は、デザインは日本から私が指示しております。
このように絵に描いてオーダーをし、パターン(型紙)はスユットが起こすこともあります。
また、私がサンプルの実物を一つ私が縫うこともあります。実物がある方が間違いがないですからね。
また、パターンだけを送ることもあります。今回のオーダーでは13種類のデザインを送りました。
スユットとの会話、オーダーはすべてインドネシア語でします。




カキリマの洋服を縫っているのはこの人、バリ在住のスユットです。
パターン作り、縫製、弟子職人のチェックなどもしております。


洋服は、同じデザインでも使う布によってずいぶんと印象がかわります。
頭の中でのイメージだけではなく、ボディに布地をあわせてイメージをふくらませます。
このデザインはこんな布で…というのをお針子のスユットに伝えたら、あとは信頼して待つだけ。
これは型紙 バリのボタン
バティック 手織りの布・コットン
カキリマのタグももちろん、バリで作っております。
プライスカード
ハンコ(ベトナム製)は友人からのおみやげ

一番最初に作ったハンコ
(インドネシア製)
このハンコは日本製
これはバリ島デンパサールの、とある布地やさんです。ご覧のように
布・布・布の洪水です。その中から気に入った物を見つけるのは結構大変
なのですよ。ディスプレイも日本とは違って、ごちゃごちゃ。中華趣味?
というのでしょうか、化繊のファンシーな布地やクバヤの生地も多いです。
私は自分でも自慢ですが、そんな中から「これだ!」と何かを私に訴えかけ
ている布地(大げさに言えば…)を見つけるのが得意です。

これは、カンボジアの手芸用品店です。
バリ島のデンパサールもそうですが、奥まった路地や奥まった暗い所にも
しっかりと店があるのですよ。こういうところが穴場で、いいものがあるように
思います。どこも市場の中は薄暗いですね。この中に掘り出しものが…。
それから、買い終わった布(布はとてもまとめると重いですよ〜)を
炎天下気温30℃以上のところで持ち歩く、またはリュックで背負うのはかなりの
体力がいります。私もいつも汗だくでした。一件の店でまとめ買いができるとは限りま
せんからね。どうしても3−4件は移動します。ので、バリ人女性が頭の上に荷物を乗
せて運ぶのは南国の理にかなっているのです。本気で私もこの技をマスターしたい
とバリ在住時代には何度か練習しましたが、マスターできずに終わりました。
バリ人女性は40kgまでは平気で頭に乗せて歩いています。
ミシンがけをする弟子職人達
一枚の布から洋服になるまでには、多くの人手と時間が
かかっているものです。私もその一部を担っているだけに、
出来上がった商品にはそれなりに思い入れがあります。
発送する時は、娘を嫁に出すような気持ちで商品を送って
いるのですよ。(笑)
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カキリマの洋服ができるまで

 わたくしカキリマは、1995年からバリ島に5年間ほど住んでおりました。
バリでは、よい職人と出会ったのがきっかけで、洋服を製造して日本に輸出する
ということを生業としておりました。

今現在は日本に戻り主婦をしておりますが、タイ、ベトナム
カンボジアに買付けに行ったり、バリ時代のツテを使って今でも
こうやって皆様にカキリマのお洋服を販売できております。

デザインは日本人の好みや流行を取り入れつつも、インドネシアの伝統的な
バティック生地や手織りのテノン生地などを使っております。
大人の上質エスニック、個性的でステキなアジア服をめざしております。


ここで少しメイキングのお話をご紹介します