| 2025年2月23日 メッセージ要旨 | ||||
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| メッセージ 丸山豊牧師 アカンの罪とその償い ヨシュア記 7章 1~26節 |
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| こういうわけで、ちょうど一人の違反によってすべての人が不義に定められたのと同様に、一人の義の行為によってすべての人が義と認められ、いのちを与えられます。 ローマ人への手紙 5章18節 |
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| イスラエルの民は、エジプトの奴隷から脱出して40年間荒野をさまよって後、難攻不落の町エリコを占領して、約束の地に踏み入りましたが、アカンが聖絶すべき物の一部を取ったために、次の攻略地アイに負けて、イスラエルの士気は失われてしまいました。 人類の父祖アダムが、「食べてはならない」との神の戒めを破ったことによって全人類に罪が及んだように、彼の犯した罪が全イスラエルに及ばないよう、律法の定めに従って彼とその家族を石で撃ち殺し、彼の所有物全てを燃やしてその上に石塚を築き、そこをアコルの谷と呼んで、罪の裁きの恐ろしさと神の民の徹底的なきよさの保持を教訓としました。 旧約聖書には、「アコルの谷を神に立ち返るための望みの門にする」(ホセア記2章15節)との神の約束があって、罪のないイエス・キリストが、ムチで打たれ、いばらの冠をかぶせられ、十字架を背負ってゴルゴダの丘に引いて行かれ、両手首と両足首を釘で打ちつけられて、二人の罪人と共に十字架にかけられ、午前9時から午後3時までの6時間、苦しみもだえつつ息を引き取り、人の罪の身代わりとなって神の裁きをその身に受けられたことによって<主は激しい怒りをやめられ>、人の罪を<聖絶>できる道が備えられました。 さらに、再臨のキリストによる最後の裁きによって、この世の全ての罪が<聖絶>されることも聖書には預言されております。 姦淫の罪で捕らえられた女性を石で打ち殺そうとする律法学者たちに対してイエス・キリストが、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの人に石を投げなさい」とおっしゃいますと、...だれも女性にさばきをくださなかった。とあります。 このようにイエス・キリストは、この罪の問題を自分自身の問題として一人ひとりに受け止めさせるために、十字架におかかりくださり、その贖いの血潮を信じる私たちは裁かれることもなく、罪の赦しと愛が与えられたのです。 「身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、誰かを食い尽そうと探し回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい。」(ペテロの手紙第一5章8~9節)とあります。 私たちクリスチャンを、この世から滅ぼし尽くそうとする罪の力の威力を安易に考えてはなりません。 こんなこと位、許されるだろうと犯した罪が、子々孫々にまで及ぶようなことがあってはなりません。 イエスキリストの十字架を常に見上げて、罪の裁きの残酷さを覚え、私たちの身代わりとなって罪の裁きを受け、私たちの罪を赦して下さった主の愛に応えて参りましょう。 |
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